ななじゅう 六年冬休み3
目が覚めたら白い天井が見えた。どこだここ。
「おはよう」
「兄さんおはよう。…………あ、なるほど」
ベッドの傍らで本を開いていた兄からの挨拶に返事をする。少し覚醒した頭は、あの出来事を思い出させた。まだ朧気だけど。ていうか思い出したくない。
あぁ、でも、今回は生きてる。
私がぼーっとしていると兄が本を閉じた。
「母さんは朝ご飯買いに行った。父さんは圭とランニング」
……兄からの挨拶と、外に見える眩しい日差しから考えて今は朝だよな。圭と父は朝から元気なことだ。
そういえば兄は昨日、あの男を投げ飛ばしていたはずだ。怪我とかなかっただろうか。
「兄さん、無事? 怪我ない?」
「…………ない」
あ、兄さん怒ってる。
いつも以上に口数の少ない兄に少し戸惑う。兄はなんだかんだ甘いので、私に怒ったりすることは少ない。しかし怒ると怖い。静かに怒る。
「…………死ぬかと思った」
「あ、はい。怖かったよね」
刃物持った男とか恐怖の対象でしかない。兄も怖かったんだろう。わかるわかる。うん。私だって怖かった。今だって手に力が入らない。
うんうん頷いていると兄に頭を鷲掴みにされた。んん?
「波留が死ぬかと思った」
「……」
何も言えない。
なんて声をかけるのが正解だろう。
…………取り敢えず手を離してほしい。少し怖い。力入れられると痛いんだよねコレ。
「…………ごめんね?」
「ん」
謝れば兄は手を離して、代わりに私の手を握った。兄の手冷たい。
「兄さん、私生きてるよ」
兄さんの頭を撫でながら言う。大丈夫。生きてる。間切波留は生きている。
「因みにあのあとどうなったの?」
「ブザーの音で数人の大人が来てくれて男を確保。茜さんが救急車と警察呼んでくれてた」
「そっか」
その後、兄が色々と話してくれた。
男は少し前に溺愛していた女性に振られたらしい。その女性への復讐か、女性を殺そうとしたらしいが、茜さんとその女性を間違えたらしい。はた迷惑な。この事件に関しては大人が話し、然るべき対処を取るらしいので、兄はあまり詳しいことは教えてもらえなかったらしい。
「波留の傷は致命傷ではないらしい」
「おぉ、そりゃよかった」
内臓は傷ついていなかったし、救急車の到着も速かったことが功を奏したらしい。よかったよかった。
「あら、波留起きたのね!!」
兄と話しているとビニール袋を持った母がやってきた。ごはんかな。
「良かった。元気そうね」
「よく寝た」
「そう。あ、朝ご飯おにぎりでいい? 鮭と昆布ととろろ」
とろろ???
取り敢えず昆布のおにぎりをもらった。
おにぎりを食べていると圭と父が戻ってきた。圭は私の肩を軽くたたきながら「心配した」と泣きそうな顔で言っていた。すまん。あと肩痛い。
その後、お医者さんと軽く会話をして、とりあえず今日はお泊りしようということになった。初入院。
医者との話も終わると、辻村家族が私の元を訪れた。ご両親は私に謝罪と感謝を述べ、茜さんは泣いてた。千裕さんも心配そうにしてた。千裕さんに「有村くんも後でくる」と言われたので楽しみに待っておこう。あと、辻村両親は美男美女でした。遺伝ってすごい。
ご両親や茜さん千裕さんは大人だけの話があると、私の両親と共に病室を後にする。兄と圭は一度家に帰ってしまった。
病室には私と辻村だけが残された。今更だが私の病室一人部屋だよ。いくらするんだろう。
「辻村くんなんか遊ぶ? 花札とか」
「……怪我、大丈夫?」
私の言葉はスルーされた。
いや、いいけどさ。
「大丈夫。そんな深い傷でもないし」
そう言って笑うが、辻村の表情は硬いままだ。いつもの笑顔はどうした。この無表情に定評のある私が頑張って笑ったというのに。頑張って笑ったおかげで表情筋が引きつっている。うーん、どうしたものか。……そういえば。
「辻村くん、この間茜さんのこと『お姉ちゃん』て呼んだらしいね」
「なんで知ってるの!?」
「教えてもらった。いやー、仲良しだねぇ」
「姉さん!!」
ふと思い出したことを口に出せば辻村は表情を変えた。いやいや本当に仲がよろしいことで。
「相変わらずお姉さんたちには弱いんだね」
「姉さんに頼まれたら断れない……」
「ははは」
「……間切さんだって圭くんに頼まれたら断れないでしょ」
「当たり前じゃないか」
圭だけじゃない。兄からでも頼まれたら基本断らない。相当やばいこととかは断るけど。
「圭のあの可愛さで頼まれたら断れるわけがない」
「間切さんも中々だよねぇ」
「自覚はある」
それからは互いの兄弟について語った。何してんだろうね。楽しかったけど。辻村の調子が戻ったようで何よりです。
作者にそんな専門的な知識はないので作中に出て来る怪我などについてはあまり気にしないでください。




