ろくじゅうく 六年冬休み2
今回、少しだけ暴力的な表現がでてきます。苦手な方はお気をつけください。
イチャイチャ。イチャイチャ。
そんな効果音が聞こえそうなくらい仲良さげなカップルがチラホラと目に入る。
「クリスマスですね」
「そうだねぇ。独り身には辛い日だね!」
塾の帰り、茜さんとそうボヤく。まだ迎えに来るはずの兄は来ない。
私は今日も夜まで勉強していた。英語が出きなすぎて泣きそうである。単語が覚えられない。
「まぁ今年は波留ちゃんと会えたし! 帰ったら家族がいるし!」
「そうですね」
「あ、そうそう、最近勉強を頑張ってる私をマサが甘やかしてくれるんだ」
唐突に話題が変わった。ていうか辻村は前から貴女に甘かった気がします。シスコンだし。
「この間『お姉ちゃんって呼んで』って言ったら呼んでくれたの! 恥ずかしそうに! かわいかった!」
「良かったですね……?」
テンションの上がった茜さんについていけないが、返事はする。そうか、また『お姉ちゃん』と呼ばせたのか……。今度、いや、いつか機会があったらからかってやろう。
「間切ちゃんもお姉ちゃんって呼んでくれてもいいよ!」
「茜お姉ちゃん、落ち着いてください」
「あー、ほんと可愛い。うちの子にしたい」
疲れているのかな、と不安になるレベルで妙にテンションの高い茜さんの要望通り呼ぶと、ワシャワシャと頭を撫でられた。落ち着いてほしい。
「仲いいですね」
「あ、間切くん〜。間切くんも私のことお姉ちゃんって呼んでみて〜」
私の迎えにやってきた兄がいきなり言われた言葉に戸惑い、困惑を顔に表した。そりゃそうだ。
「いきなりどうしたんですか茜お姉さん」
「お姉ちゃん」
「…………………………茜お姉ちゃん、どうしたんですか」
「萌えた」
茜さんは随分とお疲れのようだ。
「星がきれいだなぁ……」
「そうですね」
「イルミネーションもきれいですよ」
三人で会話をしながら夜道を歩く。イルミネーション綺麗だなぁ。これ、電気代どれくらいかかるんだろう。
それから暫く、夜だから昼に比べて人気のない住宅街を私達は歩いていた。静かだ。嫌なほど。
私の隣を歩く二人の声に耳を傾けながら怖さを紛らわせるようにポケットの中にある防犯ブザーを強く握る。そして、鞄の中にあるスタンガンも思い出す。父親にスタンガンじゃないのがいいと申告したらスプレーを買ってくれると言った。まぁまだもらってないけど。
右手でブザーを、左手で鞄を強く握っていたらコツリと、二人の声に耳を傾けていた私の耳に静かな足音が聞こえた。
あの音は嫌だ。
嫌な汗が背中を流れる。
大丈夫。たぶん残業帰りのサラリーマンとかだ。大丈夫。
そう言い聞かせて、そろりと後ろを向く。
後ろにいたのは厚手のコートに、マフラー、帽子、マスクを身につけた男だった。
そして男は手に、銀色に光る物を持っている。
「間切ちゃん?」
それの矛先が私の隣にいる茜さんに向いていることに気づいた私は何も考えずに茜さんと男の間に滑り込んだ。男はもう動いていた。
男と目が合う。
あぁ、嫌だ。その目は、嫌だ。
スローモーションのように、視界の中で男のもった刃物が近付いてくる。
私は、右手に持っていたブザーの紐を引き抜いた。
「波留!」
兄の声とブザーの音が響き渡る中、私の腹部に衝撃が走る。
男の目が私を捉えたまま、男は抜いた刃を振り上げた。それに、ある光景がフラッシュバックする。
見るな、その目を私に向けるな。それを私に向けるな。思い出したくない。
嫌だ。いやだ。こわい。ふざけるな。
うまく働かない頭の中はグチャグチャで。そんな頭でも、防衛本能のようなものは働くようで。
「ぁぐっ……!」
私は鞄からスタンガンを取り出し、男の腹部に当てて放電した。男はうめき声を上げて地べたにひざまずく。しかし直ぐに動き出そうとした。
今度は絶対に、逃さない。
私は男を捕まえようと手を伸ばす。
しかし私は子供だ。大人の男に叶うわけがなく、男に押され、よろけた。反撃されて激高したのか、男がよろけて少し離れた私に手を伸ばし、襲いかかろうとする。
「間切ちゃん!」
茜さんの声が響いた瞬間、男は兄に手を取られ、勢いそのままに投げられていた。
ガヤガヤと周りがうるさくなっている。あぁ、ブザー鳴らしてたもんね。そりゃ人も増えるか。
男が複数の大人に抑え込まれるのを見たのを最後に、私は気を失った。




