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脇役らしく平和に暮らしたい  作者: 櫻井 羊
小学生編
62/232

ろくじゅういち

「お姉ちゃんお姉ちゃん!」

「んー?」


 宿泊学習から帰ってきて数日後の夕方、さっき迄部屋で勉強していたはずの圭がキッチンにやってきた。私は今日の夕飯の支度中だ。


「明日のお夕飯カレーがいい!」

「明日の夕飯係は私じゃないかな」

 明日は兄と圭が作る予定だったと思う。

 圭が料理に慣れ始めたので、平日は曜日ごとに夕飯作りやその他の家事を分担している。夕飯係は今日は私で、明日は兄弟のはずだ。

「お姉ちゃんのカレーがいいの」

「んー、まぁ明日は何も用事ないしいいけど。私の代わりに洗濯物よろしくね」

「うん!」

 私が了承すれば圭は笑顔でキッチンを去っていった。それにしてもなんでカレー?






「ただいまー!」

「圭おか……えり…………」

「来ちゃった」

 気まずそうにそう言うのは買い出しに外に出ていた圭と共に来た辻村だった。




「辻村先輩がね、野外炊飯で作ったカレーとお姉ちゃんが作ったカレーの味が違うって言ってたんだ」

「まぁそうだろうね」

 作り手が違えば味も変わるだろうよ。

「で、お姉ちゃんのカレーのが美味しいって言ってたの」

「それは嬉しいね」

「だから食べに来てくださいって言ったんだ」

「…………………………うん、わかった」

 取り敢えず、来てしまったのは仕方ない。

「まだカレー作れてないから二人で遊んでて。兄さんはもうすぐ帰ってくるはず」

「はーい」

「いきなりごめんね」

 私が言うと圭は部屋へと戻っていった。たぶん遊ぶ道具を取りに行ったんだろう。私は辻村にお茶を出す。


「じゃあ私カレー作ってくるから圭と遊んでて」

「うん」


 あ、そういえば飲み物何も聞かずに出しちゃったけど、麦茶でよかっただろうか。……普通に飲んでるしいいか。


 私はキッチンに圭が買ってきてくれた具材を確認する。あ、鶏肉。チキンカレーにしろってことかな。………………人参がない。残り少ないから買ってきてって頼んだのに。本当に人参嫌いだな。


「……」


 まぁいいか。何とかなる。ルーは前と同じ辛さでいいか。文句言われなかったし。


「…………」


 さて、取り敢えず野菜を切って……。


 いや、切る前に。


「…………どうしてキッチンにいるのかな」


 麦茶を出して待たせていたはずの辻村がずっと私の隣にいることについてご本人から説明願いたい。すごく気になる。


「あ、ごめん。どうやって作るのか気になって」


 私が問えば辻村は少しだけ私から離れた。


「……? カレーの作り方は野外炊飯の時と殆ど一緒だけど」

「僕、野外炊飯やらせてもらえなかったから」

「体調でも悪かったの?」

「…………同じ班の子たちに止められちゃって」

「何故?」

 辻村の料理の腕が壊滅的、という理由は考え難い。あの地獄絵図だったんだ、他にもヤバいのはいたはず。辻村だけ除け者はおかしい。

 私が視線をむければ辻村は困ったように笑みを作った。


「『銀杏の人にこんなことさせられません』って」

「あぁ、なるほど」

 銀杏の人とは銀杏会のメンバーのことだ。ところで銀杏会って絶妙にダサい気がする。誰だこんな名前つけたの。もっと格好良い名前つけようよ。

 まぁ要するに件の三人の一人である辻村を特別扱い。そんなお手を煩わせるわけには……、ってことか。相変わらず。


「先生が僕にもやらせてくれようとしたんだけどね。みんな強気で譲らなくて」

「教師が折れたのね」

「そ。だから僕と夏樹と木野村さんは野外炊飯なにも出来てないんだよね」

「まじか」

 それは、ちょっと寂しいのでは。折角の滅多に無い機会を潰されたということだもんな。




「………………やってみる?」

「いいの?」

「野外炊飯とは違うけど、その調子じゃ家庭科の実習もあんまりやれてないでしょ」

「ははは」

「わからなければ教えるから。取り敢えずエプロン貸すから着て」

 エプロンは圭のを借りよう。そのままじゃ服が汚れる。


「え、エプロンまで借りるのは……」

「圭ー、エプロン借りるよー」

「はーい! 先輩どうぞ。僕洗濯物畳むんで使いませんし」

「でも」

「……………………誰も使ってないフリフリの新婚さん御用達の可愛いエプロンと、圭のエプロンどっちがいい?」

 因みに着用後には写真を撮る。

 半ば脅しのような形で言えば辻村は圭にエプロンを受け取った。フリフリでもいいのに。


「まず野菜の皮を剥きます」

「これなに?」

「ピーラー」

「包丁じゃないんだね」

「ピーラー楽だよ」

 まぁうちにはピーラーが1つしかないので、私は包丁で処理することになるが。辻村が怪我するよりはマシだろう。

 辻村にピーラーを持たせ、やり方を説明する。辻村は器用なのかやり方を教えればするすると皮を剥き始めた。


「お疲れ。次は野菜をこんな感じに切ります」

「えーと、こう……」

 私がお手本を見せると辻村はそれを真似るように野菜を切ろうとする。


 しかしこの人、料理初心者である。


「猫の手」

「ねこ?」

「こう」

 私が顔の横で猫の手を作って見せると辻村も同じように顔の横で手の形を作る。なんか面白いから撮っとこ。


「なんで撮ったの!?」

「つい。ほら、野菜切ろう」

「あとで消してね」

「野菜切ったら今度はそれを炒めるよ」

「聞いてる?」

 聞いてはいるがスルーしてる。あと写真を消すつもりはない。

 辻村が手を切ったりしないか注意しながら自分でも野菜を切っていく。


「あれ、辻村くんが料理してる」

「お邪魔してます」

「今日の夕飯は私と辻村くんが作ったカレーだよ」

 学校から帰ってきた兄がキッチンに顔を覗かせ、目を丸くする。まぁそりゃそうだな。妹の同級生が家で料理してるんだもの。


「そっか、楽しみにしてる」

 優しく笑って兄は部屋へと上がっていく。


「…………今気がついたけど、もしかしなくてもこのカレー間切家で食べるんだよね」

「そだね」

 今気がついたのか。

「……」

「大丈夫だよ。そうそう変な味にはならないから」

「……がんばる」

 そう言った辻村の顔は今まで見たこともないくらい真剣なものだった。そんなに気負いしなくても……。





「辻村くん美味しいよ」

「辻村先輩、カレー美味しいですよ!」

「怪我もしなかったし、すごいね」

「……」

 出来たカレーを食べながら各々感想を言えば辻村は恥ずかしいのか俯いてしまった。美味しいんだから胸張ればいいと思うよ。


「そういえば辻村くん今日は一人で帰るの?」

「いや、千裕姉さんが迎えに来てくれるらしいんだ。だからそれまで居させてくれると嬉しい」

「ん、わかった」

「おかわりー!」

「俺も」

「いたたまれない」

「美味しいよ?」

「なんか恥ずかしい」


 兄弟がおかわりをしている間も、辻村はソワソワしながらカレーを食べていた。うーん、所作が綺麗。木野村もそうだけど、育ちの良さ? を感じるよ。私も気をつけよう。






「お姉ちゃぁぁぁあん!!」

「どうしたの圭」


 夕食後私が食器を洗っていると圭がリビングから叫んだ。何事か。


「お姉ちゃん辻村先輩と連絡先交換してなかったの!?」

「してないね」

 タイミングが悪くて。それに必要に迫られたこともないし。

 私が答えれば圭は少し静かになった。チラリとキッチンから顔を覗かせると圭が顔を手で覆い俯いていた。最近は少し落ち着いてきていたのに今日は感情豊かだな。


「お姉ちゃん、辻村先輩と連絡先を交換することに嫌悪感とかある? 嫌?」

「特に無いよ」



「じゃあお姉ちゃんの連絡先、辻村先輩に教えておくね!」


「んー」


 まぁ別にそれくらいいいか。悪質な業者に連絡先教えたわけでもないし。

 私が返事をすれば圭が辻村と会話しているのがかすかに聞こえる。どうやら落ち着いたらしい。





「三人とも、今日はありがとね」

 食後暫く遊んだあと、辻村を迎えに千裕さんが訪ねてきた。高級そうなお菓子を携えて。これいくらだろう。


「いえ、こちらこそ。今日は楽しかったです」

「辻村くん今日はありがとう。また学校でね」

「辻村先輩また来てくださいね!」


 各々声をかければ辻村姉弟は嬉しそうに笑った。あ、似てる。






 辻村姉弟が帰ったあと直ぐに両親が帰宅したので、カレーを温めて出せば二人とも「美味しい」と言ってくれてた。よかったよかった。




 その日の夜、寝る前に携帯が光っていたので確認すると辻村からメールが届いていた。「今日はありがとう。楽しかったです。いきなり家に行っちゃってごめんね」と本文には書かれていた。連れてきたのは圭だし、気にしなくていいのに。



 返信には「こちらこそ楽しかったです。また来てね」という言葉と両親のカレーへの感想を書いておいた。ついでにエプロン姿の辻村の写真を添えておいた。







 次の日の朝メールを確認すると「写真は消してね」と一言書かれたメールが届いていた。消したところで昨日の写真は千裕さんにメールで送ってしまったので意味ないと思う。

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