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脇役らしく平和に暮らしたい  作者: 櫻井 羊
小学生編
58/232

ごじゅうなな 六年体育祭

「体育祭!」

「だー!!」

「優勝するぞー!」



 毎年思うけど、子供の体力と気力って凄いよね。


 湿度と気温が高く、熱中症になれと言わんばかりの気候の中、今年の体育祭は決行されていた。雨降ってないから仕方ないね。


「委員長!」

「なんですかね」

「今年は熱中症にならないようにね!」

「まかせとけ」

「すでに顔色が悪いよ!」

「この気候最悪……」


 うちわでパタパタ自分を仰ぎながら応えると隣に座った秋田くんに「目が死んでる」と言われた。


 こんな気候の中でも競技は着々と進められていく。私は今年もリレーしか出る予定はないので、のんびりとそれを眺めていた。


「委員長っていつもカメラ持ち歩いてるよね?」

「そだね」

 私は首から下げているカメラを手に取り秋田くんに向ける。秋田くんはそれに気がつくとピースをしてきた。撮っとこ。


「なんで持ち歩いてるの?」

「小学校に上がる前から持ち歩いてるからね、癖」

「ふぅん。昔っから写真撮ってたんだ」

「4歳……3歳? のときくらいからかな」

「早っ。その頃ってカメラで写真撮れるほど知能発達してたっけ?!」

 私はその頃にはもう前世の記憶があったからね。多少は扱えた。手が小さくて難しかったけど。

 なんて言えるはずもないので笑顔を返しておく。


「昔は何撮ってたの? やっぱり弟君とか?」

「…………そうだね。圭は昔っから可愛かったから。あとは蝶とか花とか色々撮ってたよ」


 今日は随分と色々聞いてくるな、と付け加えながら質問に答えておく。昔は人物だけでなく、蝶や花、空、なんでも撮っていた。むしろ人物よりそちらが主体だった。


「あ、委員長! 本田さんが出場する借り物競争…………げぇっ」

「どうし…………あぁ」


 視線を私から運動場の中心に向けた秋田くんが凄まじい声を出したので私もそちらに目をやれば、借り物競争に出場する生徒たちが入場してきているところだった。この競技には早苗ちゃんが出場する。のはいいんだが、出場選手の中に赤坂も混じっていた。秋田くんはきっと赤坂を見てあの声を出したのだろう。


「これは……勝てないかもなぁ」

「…………」

 借り物競争は引いたお題に則したものを借りてゴールする。赤坂ならば多少お題のものを借りるのに手間取ったところで、足が速いから巻き返してくるだろう。


「取り敢えず俺らは本田さんを応援するか!」

「そだね」


 立ち上がった秋田くんに続いて私も応援するために立ち上がる。







「本田さん二位だったね!」

「お題がまさか『赤いマフラー』だとは」

「早苗ちゃん、教頭先生からぶんどってたね! 一瞬教頭の鬘を取りに行ったかと思ったよ!」

 今年は保健委員で、仕事で席を外していた美野里ちゃんも途中で戻ってきたので三人で早苗ちゃんを応援した。なんでお題が赤いマフラーなのか。そして教頭先生はなぜ赤いマフラーを持っていたのか。今は冬じゃない。ていうか教頭のあれは鬘なのか。


「あ、赤坂様だ」

「やっぱり足速いねー」

 スタートの合図が鳴り、走り出した赤坂は他の選手を引き離してお題を手に取った。お題はクジのようになっていて、箱に入っている。そこから適当に一枚引いて、そこに書かれたお題を探すものだ。さて、赤坂は何を引いたんだろう。


 私が赤坂の動向を見ているとバッと赤坂がこちらを向いた。




 目が合った。



 私は嫌な予感がしたので踵を返して走り出した。




「ちょ、委員長!?」

「波留ちゃん!?」


 後ろから二人の声がするが、気にしない。こういう嫌な予感は結構当たる。

 どこに逃げればいいだろう。この後リレーが控えているからあまり遠くへは行けない。校舎に入るか? いやでも。


「間切!」

「! なんでこっちにくる?!」


 走ったまま視線を後ろに向ければ同じように走っている赤坂がいた。恐怖。距離を詰められている。


「なんでってそりゃうわっ」

「え、ちょっ! 大丈夫!?」


 赤坂の答えを待っていると走っていた赤坂が体勢を崩し、転んだ。それを見てしまった私は慌ててそちらへ駆ける。転んだまま立ち上がらない赤坂を心配してそばにしゃがめば足首を掴まれた。


 あ、やべ、捕まった。



「捕まえた!」

「なんで私を追うんだ!? お題のもの借りておいでよ!」

「『足の速い人』がお題だからな!」

 それにしたって私が逃げたの見たのなら、別の人に頼めばいいものを。しかし捕まってしまったものは仕方ない。協力しよう。

 はははと笑う赤坂に立つよう促せば、赤坂は表情を少し変えて困ったように笑った。



「足に力が入らない」



 正確には足首、と付け足した。


 捻挫。コケたせい。コケたのは私を追いかけたから。つまり赤坂の怪我の原因の一端を私が担っている。

 一瞬のうちにそんなことが頭をかけめぐった私は座っている赤坂の膝裏と背中に手を回す。


「腕、首に回して」

「へっ」

「はやく」

「あ、あぁ」

 赤坂が私の首に腕を回したのを確認して、そのまま足と腕に力を入れて赤坂を持ち上げる。



 めっちゃ重い!!!!!



「っーー!!」

「え、は!? うわ!!」


 そのまま気合で走り出すと赤坂は私にしがみついてきた。この体勢すごく走りづらい。


「すげー! はは、間切すごいな!」

「静かにしてくれ」

「楽しい!」

「そりゃ良かったよ」


 楽しそうに笑う赤坂を抱えたままトラックに戻れば、今回の走者は皆難しいお題を引いたのか、ゴールテープがまだ張ってあった。視界の端に走者らしきチラリと生徒が映る。


 赤坂重い。





「…………」

「あー、楽しかった!!」


 結局あのままゴールまで一直線に走り抜け、私は、いや、赤坂は一位を獲得した。そしてそのまま保健室行き。

 今は保健室の先生が赤坂の怪我を診てくれているところだ。

 ところで、腕がずっとプルプルしてるんだが。確実に筋肉痛になるよね、これ。


「間切またやってくれ!」

「お断りします」

「えー」

 もう二度とやるものか。疲れるし。目立つし。……めだつ?


「……」


 やばい、衆人の目の前で赤坂と関わってしまった。今まではなんだかんだ人の目のないところで関わってたのに。やってしまった。しかも赤坂をお姫様抱っこ。血祭り案件かな。痛いのは嫌だ。

 これからのことを考えるとどんどん血の気が引いてくる。


「まぎりー?」

「血祭り……」

「物騒だな。……って、もしかして俺とかかわったら取り巻き……あー、周りの人たちに目をつけられるって思ってる?」


 私のつぶやきを聞いたらしい赤坂がうつむいた私の顔を覗き込みながら聞いてくる。君今先生が処置してくれてるんだから大人しくしてろよ。


「違うのか?」

「あってる」


 絶望。


「ま、大丈夫だろ! 俺がテキトーに誤魔化しとくよ!」

「…………よろしくおねがいします」

 赤坂が何か言えば多少は変わるかもしれない。賭けよう。悪化する気がしなくもないけど。

 私が答えると赤坂は満足そうに笑った。くそ、顔が良い。

「先生終わりました? 俺このあとリレー出るんですけど、大丈夫ですかね?」

「えぇ。すぐに痛みも引いてるから平気だと思うけど……。リレーの前にもう一度来てね。その時の状態でリレーに出ても大丈夫かどうか判断するから」

「はーい」



 返事をして立ち上がると赤坂は歩きだし、保健室の扉に手をかける。


「俺先行って説明しとくから間切はもう少ししたら戻ってこいよー?」

「戻りたくない」

「戻ってこいよ!」


 私に念を押してから赤坂は保健室を後にした。あぁ、戻りたくない。


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