よんじゅうよん 4年夏休み 2
暑い夏の日、今年もふらりと公園に向かえばまた鳩のお兄さんに出くわした。今年は足元に鳩が群がっている。
私が近づいてみるとお兄さんは顔を上げてくれた。お兄さんの膝には分厚い参考書らしきものが。
「こんにちは。勉強ですか?」
「こんにちは。一応受験生だからね」
「へえ。隣いいですか?」
「もれなく足元に鳩がついてくるけど、それでもよければ」
「大丈夫です。それ、生物ですか」
「そうそう」
鳩のお兄さんの隣に腰掛けさせてもらうと私の足元にも鳩が群がった。この鳩たち本当に野生なのだろうか。お兄さんが飼っていたりしないだろうか。
お兄さんが開いているのは生物の参考書だった。見たことある言葉がいくつか並んでいる。ふむ。
「……」
「よかったら見る?」
「うぇ!? いや、でも」
「実はここ2時間位この参考書読み続けてたから飽きてきたんだ。別のやるから、見てていいよ」
「ではお言葉に甘えて……」
お兄さんが微笑みながら渡してくれる分厚い参考書を受け取り膝にのせる。うん、大きい。そして分厚い、重い。
鳩のお兄さんが別の参考書を開いたのを確認して、借りた参考書に目を落とす。
やっぱり、たまに人の名前や器官などの名称は前と違っているものが出てくるが、仕組みなんかは前と変わらない。たぶん。まぁ、私の記憶も曖昧なのでなんとも言えないが。
「勉強好きなの? 参考書面白い?」
「んー、たぶん? 参考書は見てて楽しいです」
一度学んでいるのもあって前よりは簡単にできるし、できると楽しい。うん、楽しいし、好きだな。今のところは。高校の勉強とかになったら話は別だ。勉強難しくなるし。
「凄いね。小さいのに勤勉だなんて」
「小さくないです」
断じて小さくない。平均身長だ。それにもう4年生だ。
「ほら、飴あげる」
「わーい。今日は何味ですか?」
「マーブルチョコ」
「それ普通にチョコじゃだめなんですかね」
普通にチョコでいいと思うんだ。
お兄さんからもらった飴を鞄に仕舞い、もう一度参考書を眺める。ふむ。駄目だ、一度やったことあるといっても忘れていることのが多い。これは高校に入ったらマズイな。成績が下がる。
視界の隅っこに映りこむ鳩を無視しながら参考書を読み進める。
「難しい?」
「んー、なんとなくしかわからないです」
「今はそれでいいんだよ」
わしわしと頭を撫でられた。有村さんたちより少し乱暴な感じだ。撫で慣れていないんだろうか。
「お兄さん……」
「んー?」
こちらを向いて優しく微笑むお兄さんからそっと視線をそらし、下に向ける。正確にはお兄さんの膝の上。
「…………参考書の上に鳩が乗ってます」
実はさっきから気になってた。鳩がお兄さんの、参考書の上に堂々と居座っている。こいつは本当に鳩か?
「なるほど、重いわけだ」
平然と鳩を退かすお兄さんの手つきは慣れたものだった。よくあるのだろうか。そして触られても動じない鳩もある意味すごいと思う。
その日、帰り際にもらった飴はワカメ味だった。




