にじゅうはち 2年夏休み 3
「あら、間切ちゃん」
公園でぶらついていたら千裕さんに出会った。今年の夏休みはよく知り合いに会うなぁ。
「千裕さん、こんにちは」
「こんにちは。間切ちゃんはお散歩?」
「暇だったので。千裕さんは?」
千裕さんが座っているベンチに近づけば千裕さんの膝には参考書が開いてあるのが見えた。ふむ。英語か。勉強してたのかな? 千裕さんは今高3だもんな。
「図書館や予備校で勉強するのも飽きちゃって。気分転換に外でやってるの」
「そうなんですか。今日は暑いですから、熱中症には気をつけてください」
「そうね。ねぇ間切ちゃん、もし時間あったら少しお話しない?」
「します」
「ふふ。こっちおいで」
千裕さんに招かれるまま隣に座れば頭を撫でられた。なんだろう。この人良く撫でてくる。ついでに缶ジュースをくれた。冷たくて気持ちいい。
「有村くんとお出かけしてるんですってね?」
「はい。この間はまた遊園地にチャレンジしました」
やっぱり有村さんは絶叫系がだめだった。因みに遊園地には兄と圭も一緒に行ったが、二人は絶叫系大好き人間だった。私と一緒だね。
私がする遊園地での話を千裕さんは優しく笑って聞いてくれた。おぉ、すごく上品なお姉さんって感じする。
「有村くんは絶叫系だめなのね」
「人が乗るものじゃないって言ってました」
「あらあら。……有村くん、元気そうでよかったわ」
「……有村さんのことすごく気にしてますね。最近会ってないんですか?」
「えぇ。私も彼も忙しいもの。それに、彼、私のせいで色々あったみたいだし」
「?」
色々? 喧嘩でもしたのかな。二人とも仲良かったのに。
私が首を傾げていると千裕さんは更に頭をなでてきた。頭撫でるの好きですね。
「彼、婚約者できたでしょう? 婚約者って私のことなのよ」
私の手の中にあったジュース缶からメキィという音がした。
「!?」
「ふふ、驚いた? まだ親と本人しか知らないことだものね」
「お、おめでとうございます?」
「ありがとう。間切ちゃんもそんな風に驚くのね」
「そりゃぁ、まぁ……」
「まぁこの婚約は親が勝手に決めたものなんだけどね」
「……」
「私にとってはね、この婚約は問題ないのよ。間切ちゃんの珍しい顔も見れたし。彼氏とかもいなかったし。でも、彼はねぇ……」
待って。珍しい顔ってなんだ。私はいつも感情豊かじゃないか。え、もしかして思ったより私の表情筋動いてないの? まじか。っていうか千裕さんの婚約とかあのシスコン大丈夫? 荒れない? これを機に本格的な反抗期に突入したりしない?
「彼、婚約が決まったあと当時の彼女に別れ話を持ち出して、平手打ちされたみたいだし」
あ、あれ彼女さんだったんですね。あの修羅場は別れ話のせいかぁ。納得。彼女さん強いな。
話を進めていく千裕さんからだんだん表情が抜け落ちていく。美人の無表情って結構怖いね。
「こっちの都合も考えないで…………大人って本当に勝手よね」
心の底から吐き出したような声は冷え切っていて、先程まで笑顔を浮かべていた人の声とは思えなかった。怖い。何か声をかけるべきなんだろうけど言葉が出ない。
「あ、ごめんなさいね。つまらない話をしてしまって」
千裕さんが困ったように私に笑顔を向けた。
何か、言葉をかけないと。でもそんな都合の良い言葉かつ小学生2年生らしい言葉なんて。何か、何か。
「…………千裕さん、ストレスってハグすると減るらしいですよ!」
「えっ」
何を言っているんだろうか、自分は。
「なのでハグしましょう!」
もうヤケクソだ。口から出てしまった言葉は消えない。行けるところまで行こう。うん。
「それにほら! 小さい子供って可愛いじゃないですか! 私小さいですよ! 癒やされますよ!」
自分の放つ言葉に心が折れそうになる。自分を癒やしと言うか。どんなナルシストだ私は。私は自分のことを可愛いと思ったことは一度もない。むしろ周りが美少女と美少年しかいなくて落ち込んでいるくらいだ。なんなんだ、この世界には私以外見目の美しい人間しかいないのか。
「……ふっ………っ……!」
千裕さんが口を抑えて笑いだした。どうせ笑うなら声あげて笑ってくれよ。
その後、ひとしきり笑った千裕さんと軽くハグをした。ついでに頭も撫でられた。そして別れ際に「つまらない話をしてごめんね」と謝られた。謝る必要なんてないのに。
前世では親に婚約者を決められる、なんてもの身近ではなかった。有村さんのときもそうだったけど、実際に身近でそういうことがあると何とも言えない気持ちになるものだな。




