にじゅういち
文化祭当日は何事もなく平和に過ごすことができた。敢えて何か出来事を挙げるとするなら、私と兄が有村さんのクラスに拉致られたくらいだろう。焼きそばを奢ってくれたので良しとする。劇も無事に終わったし、文化祭の2日間は満喫することができた。美野里ちゃんや早苗ちゃんとまわれたし満足できるものだった。
そして今年の一大イベントも無事終わり、浮かれた私は放課後、中高の校舎を見て回っていた。今日は図書室で本を読んでいて遅くなったので中高の生徒も殆ど残っていない。気兼ねなく探索できて嬉しい限りだ。いろいろな場所を写真に納めて歩き回っていく。勿論兄には遅くなることを連絡してある。
「ふざけないで!」
通りがかった教室の中で乾いた音と甲高い女性の声が響いた。
どうみてもド修羅場です。よし退散しよう。
教室の中を覗きたい気持ちに駆られながらも、恐怖と面倒くささが勝ったので静かにその場をあとにする。次は中高の職員室でも行ってみようかな。
職員室に行ったら先生がお菓子をくれた。先生優しいね。チョコ美味しい。
先生方から穴場スポットなどを聞いたのでそちらに向かおうと廊下を歩いていたら前から見知った人が一人歩いてくる。
「間切ちゃん?」
「有村さん」
有村さんである。
そして、有村さんの頬には真っ赤な紅葉が。あぁ、さっきの乾いた音はそれですか。
「ここ、中高の校舎だけど……どうしたの?」
私に目線を合わせて聞いてくる有村さんにはいつもの覇気がない。いつもなら容赦なく抱き上げて来るのに。頬に手を当てて叩かれたであろうところを隠すのもどこか痛ましい。
「中高の校舎を探検してるんです。有村さん、私次は保健室見たいので案内してください」
「保健室?」
「はい。初等部と違うのか気になるんです」
だからはよ連れてけ。
私が頼むと有村さんは左手を差し出してきた。繋げということか。
大人しく手を繋いで有村さんと並んで歩く。私の方から有村さんの叩かれた頬は見えなかった。
「普通の保健室だと思うけど」
「初等部とあまり変わりませんね」
ベッドがすごく高級そうだけど。まぁそれは初等部もだ。金持ちめ。
「じゃあ有村さんはそこに座ってください」
「えっなんで」
「えーと…………お医者さんごっこします」
「……」
有村さんが戸惑いがちにこちらを見てくる。やめろ。私だって本気でお医者さんごっこするつもりはない。子供らしい回答を探した結果がこれだ。
有村さんを椅子に座らせて冷凍庫から保冷剤を取り出しタオルで巻く。
「頬、冷やしてください」
「やっぱりバレた?」
「はい。痛そうですよ」
観念したように有村さんは頬から手を離した。頬には綺麗な紅葉と、叩いた人の爪が長かったのかかすかに傷ができていた。消毒しておいたほうが良いだろうか。
「……届かない」
消毒液を捜し出し、いざ治療しようとしたら私の身長が足りなかった。椅子に座った有村さんの前に立っても有村さんの頬に手が届かない。あと少しなのに。有村さん身長高いね。
「自分でやるよ」
「私がやります」
「じゃあこうしようか」
ひょいっと有村さんの膝に乗せられた。なるほどこれなら届く。
傷も小さなものなのでささっと消毒する。絆創膏はいらないだろう。
「まだ痛みます?」
「少しね。でも平手だったからすぐ収まるよ」
平手でも痛いものは痛いだろうに。
力なく微笑む有村さんに何と言えば良いのかわからないので取り敢えず頭をなでておく。おぉ、結構ふわふわ。
「間切ちゃん?」
「どうしたら元気出ます?」
「…………しばらくこのままで」
「はい」
私が撫でていると有村さんは私を抱きしめてきた。うーん、結構キてますね。撫でておこう。男子高校生の慰め方など知らん。
「……逃げたい」
どのくらいそうしていたか。ふと、小さく有村さんが溢した。
そういえば兄に聞いたことがある。何故有村さんから逃げないのかと。兄の足の速さ、身のこなしがあれば逃げることも可能だろう、と言えば兄は困った顔をして「あの人もあの人で大変だからな。あれくらいで気が晴れるならいいだろう」と言った。彼の家は大層な金持ちで、厳しいらしい。
彼が逃げたいのは家からか、それとも煩わしい人間関係からか、私にはわからない。私の家はだいぶゆるいし、跡取りなら兄がいるからそういった重圧もない。家族仲も良い。人間関係だって私の友人は皆良い子だ。だから、私には彼の気持ちも、何もわからない。だから何もしてあげられない。しかし文化祭ではお世話になったし、この人には結構親しみを持っている。
「じゃあ、逃げますか」




