二十二話 一年夏休み1
辻村の電話から数日後、私は辻村宅に来ていた。帰りたい。
「パイ生地から作るんだね」
「姉さんの望みなんだ」
「シスコン」
「間切さんに言われたくないなぁ」
小さく笑う辻村を横目に並べられた材料を見る。とても高そうなものばかりだ。ていうかキッチン広い。すごい。場違い感すごいから帰りたい。
「姉さん! うちに可愛い子が二人もいるよ!」
「そうねぇ」
「ビデオビデオ」
取り敢えず、辻村姉妹と有村さんを止めなければ。ビデオで撮ろうとしないでください。
テンションの高い三人を止めて、再びキッチンへと戻る。戻ったら何故か辻村がフリフリのエプロンを手にしていた。ヒラリとエプロンが揺れる。
「………………………………似合うと思うよ」
「着ないよ」
「じゃあ何故持っているのか」
「いや、間切さんに着せてほしいって言われたから」
「なるほどわかった断固拒否する」
誰がそんなもの着るか。
私は持参したエプロンを身に着けた。フリフリのは千裕さんが残念そうに回収していた。そんな目で見られても着ないものは着ない。というか、私が着てもおもしろくないだろう。
「そういえばなんで私を呼んだの?」
「料理といえば間切さんだから」
「洋菓子といえば兄の得意分野だけどね」
あの人の作るお菓子はとても美味しい。美味しいアップルパイを作りたいなら兄を呼んだほうが良かったのではないだろうか。私はどちらかというと和菓子をよく作る。そう私が言えば辻村はニッコリと笑った。
「じゃあ今度和菓子の作り方教えて?」
「本読んだりしたほうが早いと思うよ」
「まぁね。でもそういう口実があれば間切さんと会えるでしょ」
「そうか」
「あと、間切先輩ならもうすぐくるよ」
「何故?」
「姉さんが呼んでた。圭くんも来るはずだよ」
私はそんな話一切聞いていない。除け者よくない。
りんごを切る手を止めずに心の中で少しだけ拗ねる。すると少し離れたところから兄弟の声が聞こえた。来たらしい。
「こんにちはー! お久しぶりです!」
「お邪魔します。頼まれたもの持ってきましたよ」
聞き慣れた声が2つ聞こえる。様子を覗けば二人は何やら大きめの鞄を持ってきていた。
「いらっしゃい! 待ってたよ!」
「二人とも相変わらずかわいいね!」
「重いもの持たせてごめんなさいね」
三者三様の言葉を返すのが耳に入る。重たいものとは何だろう。ところで辻村くんや。君が今混ぜてるそれ、アップルパイの材料じゃないよね。何作ろうとしてるんだ。
取り敢えず自分のやることをやろうと手元に目を戻す。
「え!? これ間切ちゃん!? 小さいね!」
兄弟よ、一体何を持ってきた。
「間切さん、手元見ないと危ないよ」
「待って。兄弟は一体何を持ってきたの?」
「姉さんたちがアルバム見たいって言ってたよ」
つまり兄弟が持ってきたのはアルバムだと。
「この間切ちゃん笑ってるね!! 珍しい!」
待ってくれ。一体いつの写真だ。笑ってる写真? 表情筋が働いていない私の笑ってる写真なんてあったのか?
「間切さんって笑うの?」
「君は私を何だと思っているんだ」
私だって笑うときは笑う。必要に駆られれば。たぶん、笑えているはず。というか失礼だな。私はそんなに笑うイメージがないか。
おそらく今までで一番驚いているであろう辻村を放置して作業をすすめる。無駄にあるこの材料は使っていいのだろうか。チョコがあるのでチョコケーキを作りたい。いや、生チョコでも良いな。
「間切さんの写真かぁ。後で見せてもらおう」
「君のも見せてくれ」
「………………………………いやだ」
「不公平だ」
「……………………………………………………うん。やっぱりだめ」
何かを考え込んだあと、深刻な顔をして改めて断られた。そんなにか。そんなに見られたくないか。
「まぁいいけど……。よし、生地焼くか」
「間切さん相変わらず手際がいいね」
「慣れてるから。そう言う君も前に比べて手際良くなってるね」
「………………姉さんたちによくせがまれるからね」
「仲のよろしい事で」
そうだタルト作ろう。




