十三話 雨の日
しとしとと雨が降る梅雨の時期。掃除当番であった私はちゃちゃっと仕事を終えて帰路につこうとしていた。今日は私が夕飯係なのだ。兄が大学生になってから、兄の授業が早く終わる日は兄が家事の一切をやってくれるので私達はだいぶ楽なのだが、今日は兄の帰りが遅い曜日なので私が夕飯を作る係である。
傘をさし、校門の方に足をすすめる。中途半端な時間だからか、あまり人はいないが、校門のところに見覚えのある少年が立っていた。
「山内くん?」
「あっ……間切先輩こんにちは」
そういって笑う山内くんの顔に覇気はない。
「こんにちは。車待ち?」
たしか車で迎えが来ると前に言っていた。しかし車なら停める場所が一応存在するのでそこに行けばいいはずだが。
疑問を口に出せば山内くんは目を泳がせる。
「……今日、父は仕事で遅くなって、その、いつも迎えに来てくれる人はご家族の体調が悪くて、そちらについてなきゃいけないらしくて、今日は徒歩で帰る予定なんです」
「そっか」
ならば、こんなところに立っていないで早く帰ったほうが良いのではないだろうか。おそらく雨は止まないし、あまり外に長くいて身体を冷やすのも良くない。
そんなことを考えている私の視界に山内くんの冷え切っているであろう手が映った。傘を強く握るそれは僅かながらも震えているようだ。
一度空を見上げる。
そういえば、山内くんが初めて攫われそうになったのはこんな雨の日ではなかっただろうか。無理やり車に乗せられそうになったのを傘や鞄で抵抗して逃げたと聞いた。
その後攫われる場面に遭遇した時も一人で帰っていたからトラウマにはなっていなさそうだと思っていたが、そうではないのかもしれない。というか、2回もあったから駄目になったのか。
本人に聞くのが一番だが、こういうのを聞いても良いものか。赤坂には聞いたけど。
「山内くん」
「はい?」
「実は今日君の家の方にあるスーパーで安売りがあってね。折角だからそちらに行こうと思ってたんだ」
「はい」
「途中まで一緒に行かない?」
「……行きます!」
私からの申し出に山内くんは嬉しそうに笑った。可愛い。私よりまだ身長が小さい可愛い。あぁでもなんか目線が近い。成長期か……。…………………………そういや最近私の身長伸びてないな。
因みに、そんな安売りはない。まぁでもたまには違う店に行くのも良いだろう。いいものがあるかもしれないし。
私達は雨の中いろんな話をしながら通学路を歩いていった。
「………………………………」
「上がっていきますか?」
山内くんの家はとても大きかった。なるほどこれが豪邸というものか。木野村の家も大きかったから、赤坂たちの家はみんなこんな感じなんだろう。
「いや、買い物しなきゃいけないから遠慮するよ」
「わかりました。あ、ちょっと待っててください。玄関のところで」
促されて玄関に入る。玄関にはコルクボードが飾られ、そこに写真がいくつか貼られていた。家族写真らしい。前に見た山内くんの父親と、優しそうな女性、山内くんの三人が映っている。
あの学校では嫌でも彼等銀杏会メンバーの噂を聞く。成績がどうだの、素行がどうだの、見た目がどうだの、いつどこで何をしているのか、想像や憶測もまぜこぜになった噂。彼らにプライバシーはないのかと言いたくなるが、いったところでしょうがない。そもそも信憑性の薄い噂だ。
その噂の中には当然山内くんのものもある。
彼の母親は早くに亡くなったらしい。
ゲームでもそういう設定だったから、事実なのだろう。今は父親とふたり暮らし。家事はお手伝いさんがやっているという。
「おまたせしました! 良ければこれ持っていってください!」
そう言ってやってきた山内くんの腕にはお菓子が大量に抱えられていた。
「わぁ大量」
「波留先輩の好みがわからなかったので!」
「甘いものは好きだよ。山内くんのおすすめは?」
「これと、あとは……これは程よい甘さです!」
「じゃあそれを貰おうかな」
折角だから貰おうとお菓子を手に取る。鞄にしまって、山内くんをみると少し寂しそうな顔をしていた。
……ふむ。
「でも他のお菓子も気になるな……。食べていってもいい?」
「いいんですか? 時間とか……」
「いいんだよ」
少しくらいならば大丈夫だと言えば山内くんは嬉しそうに笑った。可愛い。
結局私は山内くんの家にお邪魔して、時間が許す限り彼との会話を楽しんだ。
「姉さん、あのね、姉さんはもう女子高校生なんだよ」
「……」
「山内くんはまだ中学2年生だけどね、もう思春期に入る男の子なんだよ」
「……」
「年頃の女の子が他の人がいない年頃の男子の家にホイホイ上がっちゃいけないと思います」
家に帰って、帰宅が遅くなった理由を話した私は圭に正座で怒られた。そろそろ姉としての威厳がなくなってきている気がする。いや、もとからか……。




