九話
体育祭が間近に迫ったある日の放課後、生徒会室に行ったら赤坂がいた。
生徒会室にある机で、真面目な顔をして本を読んでいる。その机には他にも赤坂が持ち込んだと思しき本がいくつか置いてあった。
因みに、赤坂が今現在読んでいる本は保健体育の教科書だ。
いやもうなんでここにいるのかはどうでもいい。しかしなんだそのチョイスは。なんでそんな真面目な顔をしてそれを読んでいるんだ。
「……」
「あ、波留ちゃん」
「こんにちは、会長」
「間切!」
「なにをしているんだ君は」
会長に挨拶をして、赤坂の後ろに回り込めば彼が開いていたページが見えた。
どうやら反抗期についての記載を読んでいたらしい。
「反抗期?」
「……間切」
「ん?」
「どうやったら反抗期になれると思う?」
いや、反抗期はなろうとしてなるものじゃないと思う。
真面目な顔をしてそんなことを言う赤坂に心の中でツッコミを入れておく。口には出さない。
「……なんでそんなこと」
「この間夜中に目が覚めて、少し部屋から出て歩いてたんだよ。そしたらさぁ、親がなんか真面目な顔して話してて、気になって耳を澄ませたらさぁ」
所謂ゲンドウポーズをとった赤坂が一度言葉を切る。
「…………俺の……反抗期の話ししてて……いつ来るのかとか、対処法とか……なんか、楽しみにしてて……」
まだかな、ってワクワクしてたんだ、と赤坂は言う。なるほど、その期待に答えようとしたわけだ。
「いろんな本読んだけどイマイチピンとこなくて」
「そうか……」
「間切の反抗期ってどんなんだった?」
私の反抗期……。
「来た覚えがない」
「マジかぁ……」
べしょ、と赤坂が机に突っ伏す。私は適当な席に荷物を置き座る、来たことがないものは仕方ないと思う。いや、記憶にないだけで来てたかもしれないが。
「こんにちは〜」
「こんにちは」
赤坂となんやかんや話しているうちに中学3年生二人が部屋にやってきた。
「…………圭は反抗期あったのか?」
「唐突ですね! ありましたけど!」
赤坂は圭のこと名前で呼ぶのか……。
圭に話しかけた赤坂を眺めながらそんなことを思う。そういえば二人が会話している所を初めて見た気がする。
「1週間ほどで終わりましたけどね」
「短くないか?」
「………………僕が反抗したら家族揃って嬉しそうにしてたんで。姉さんはビデオカメラ回すし、両親は赤飯炊くし、兄さんはガラにもなくニコニコしてるし」
「……間切家は一体どうなってんの?」
「……」
正直、すまんかったと思っている。
いやでも考えてほしい。可愛い可愛い弟が反抗期。精神面で自立してきているということだ。喜ぶだろう。撮るだろう。仕方ないと思う。
「……反抗期は、必ずしもくるものではないし、来るならそのうち自然とそうなる。そこまで気にしなくて良いんじゃないかな」
「……そうだよな。うん」
赤坂が読んでいた保健体育の教科書を閉じる。ところで他の本はどうやって持ってきたんだろうか。持ち歩いてたのか?
「高校生のうちに反抗期が来ますように!」
「そんなこと言ってる人初めて見たよ……」
「……で、君はなんで生徒会室にいるの?」
「んー? 会長が階段ですっ転んで落ちてきたのをキャッチして、荷物持つついでに」
「会長、怪我は」
「無傷です……」
ならよかった。
会長になっても彼女のドジは相変わらずで、度々怪我をして生徒会室に現れるのだ気が気ではない。そのうち取り返しのつかない大怪我をしそうだ。
「赤坂くんも、怪我してない?」
「無傷!」
「元気だね……」
「おう! じゃ、俺はもう行くな!」
本を鞄に仕舞って生徒会室をあとにする赤坂を見送る。さて、やるか。




