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脇役らしく平和に暮らしたい  作者: 櫻井 羊
中学生編
179/232

間切圭

 覚えている中で一番古い記憶は、声を押し殺して泣く姉さんの姿だ。



 僕の1つ上の姉。無表情で、それなのに感情がわかりやすい。勉強ができる上に優しい僕の自慢の姉さん。最近僕に身長を抜かされて落ち込んでたのがまたちょっと可愛い。


 そんな大好きな姉さんは昔よく泣く子だった。……と、思う。


 兄さんとは4つ離れてしまっていて、僕が生まれた頃には兄さんは幼稚園に通うようになってしまっていたから、僕は姉さんと一緒にいる時間のほうが長くなった。勿論、兄さんも優しくて格好良くて、僕の自慢の兄さんだ。


 平日の昼間、だったのかな。昔過ぎて覚えていないけれど、僕はその時姉さんを探していたのか、開いていた扉の隙間から中を覗いた。そしたら中には姉さんがこちらに背を向けて床に座っていた。僕は中に入って姉さんのそばに寄っていく。



 側によってのぞき込んだ姉さんは、静かに涙を流していた。



 その瞬間が一番色濃く記憶に残っている。その後はあやふやで、たしか僕は泣き続ける姉さんの膝に座ったんだと思う。何を思ってその行動を取ったのかはわからない。けど、そんな僕を姉さんは抱きしめた。ぬいぐるみを抱くように、ぎゅうって。それで震えた声で。


「圭、圭。私の、間切波留の弟」


 そう言った。なぜだかその言葉が耳に残って、忘れられなかった。後になってこの言葉の違和感に気がついた。


 小さな子どもが自分のことを名前で呼ぶことはよくあると思う。僕なら圭、姉さんなら波留。でもこの時姉さんは既に自分のことを私と呼んでいた。それを抜きにしても、自分のことを間切波留、なんてフルネームで呼ばないと思うんだ。これじゃまるで、何かの事実を淡々と確認しているみたいと、僕はそう思ってしまった。深く考え過ぎかもしれない。小さな頃の記憶だから、記憶違いだって考えられる。でも、少しだけ、ほんの少しだけそれが気になってしまう。


 から、聞いてみようと思う。


「姉さん、昔僕を抱きしめて『間切波留の弟』って言ってたけど、あれどういうこと?」

「……………………事実では?」

 少しの間を開けて、姉さんが答えた。僕とは視線を合わせない姉さんを見て、これは嘘だとわかった。いや、嘘ではないけれど、誤魔化している。問い詰めようかとも思ったけれど、姉さんが聞かれたくなさそうなので聞くのをやめる。困らせたくない。地雷だったらまずいし。




 そういえばと、昔姉さんの地雷を踏みぬいたことを思い出す。


 まだ僕が初等部に入る前、昼頃に家で姉さんとテレビを見ていた時。あれ? 昼だっけ? 夕方かもしれない。まぁいいや。取り敢えずテレビを、とあるドラマを見ていたらある場面で人が刺されて死ぬシーンがあった。犯人が走り去り、事件となる。その事件を主人公の刑事たちが解決していくという話だったはず。そんな場面を見た僕は、ふと気になった。こういうのって、刺した人間の後悔とか、その他諸々はドラマの中で語られたりするけど、刺された側のことは何も語られないよなって。刺されたらどんな風なんだろうって、気になった。

 だから隣に座っていた姉さんに聞いた。


 僕はドラマに夢中で気がついていなかった。


 姉さんが顔色を悪くしていたのも。震えていたのも。僕の問に、身を固くしていたのも。


 少しして、なかなか姉さんからの言葉が帰ってこなくて、焦れた僕はテレビから目を離して姉さんの方を見た。姉さんはさっき言ったとおり、真っ青で、震えて……。呼吸がまともに出来ていなかった。僕は慌ててその時別の部屋を掃除していたお手伝いさんを呼んだ。


 その時の苦しそうな、つらそうな姉さんの姿が頭にこびりついて忘れられない。



 そんな状態になったのは僕の発言のせいだろう、と当たりをつけて、それからはそう言った内容は姉さんの前では避けるようになった。あの後落ち着いた姉さんはいつも通り無表情で僕に「心配かけた、ごめん」と謝ったけれど、謝るべきは僕だと思う。ごめんね、姉さん。




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