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脇役らしく平和に暮らしたい  作者: 櫻井 羊
中学生編
173/232

おまけ Side T

 好きな人がいた。



 出会って、少し関わっただけですぐ好きになった。告白したら振られてしまったけれど、持ち前のポジティブさで関わり続けたら一部の人の間では思考が斜め上の人扱いされていた。

 少し時間をおいて、たしかに思考回路が普通ではなかったと反省したので距離をおいた。距離をおけば気持ちが落ち着くと思ったけれど、結局彼のことはずっと好きだった。



 ずっと恋心を燻らせていたある日、両親から婚約が決まったと知らされた。


 何も言われなかった。


 そんな話があったことも知らなかった。


 しかも拒否権はないらしい。でも両親は「良い人だから幸せになれる」と言う。今まで両親の言うことに間違いはなかったし、ここまで育てて貰った恩がある。私は笑顔でそれを承諾した。









 男は、私が知る限り最低な男だった。





 初めて顔合わせをしたときは薄ら寒い笑顔を浮かべていた。それは私も同じだから何も言わなかったけれど。

 2回目にあったとき、親が席を外した。暫く話していくうちに男が私を格下に見ていることがわかった。そういう考えの人間だと理解した。

 そして3回目、二人きりになって、私が言葉を発すると男に殴られた。もちろん服で隠れている個所だった。今までそんなことをされたことがなかったので最初は何をされたのか理解できなかった。暫くして落ち着くと男に殴られたのだと理解した。そして、このままでは私は不幸になると確信した。男に殴られた部分はアザになっていた。




 拒否権もない。男のことを話しても両親は「婚約が嫌なのか」と私のわがままからくる妄言だといって取り合ってくれない。だから、自由なうちに自由にすることにした。


 今まで押さえつけていた恋心をまた表に出した。

 やっぱり少し異常に見えるらしい。表に出すもんじゃないなと思いながらも最後だからと、自分に言い聞かせた。それにこれが異常ならその異常さがどこかからあの男の親にでも伝わるかもしれない。



 そうやっているうちにまた顔合わせの日がやってきた。そしたら相手の両親にこっそり「好きな人がいるって聞いたけれど」と耳打ちされた。ごめんね、諦めてねと言われた。



 あぁ、やっぱり、どこかからは知らないけれど、この人たちの耳に届いた。



 その日もまた男に殴られた。この男、せめて結婚するまで我慢できなかったのだろうか。それに友人に聞いたらこの男は女癖が悪いと来た。頭が良いという話だったが、たぶんそこまで良くないんだろうな。私も人のことは言えないけど。


 顔合わせが終わると私はネットで異常な女の行動を調べた。ネットはあまり使わないけれど、便利だと思う。


 新聞部を利用した。合成写真を作ってもらった。新聞部は前から良い噂がないから、きっと誰かがこの事を公にするだろうとたかをくくって、バレたときにはこの記事は私とグルだったことも言うようにしてもらった。これはバレたけど、軽い注意だけで済んだ。でも噂は流れた。


 間切くんに今まで以上に付き纏ってみた。ちょうどクラスも同じになったし。ネットでみた女たちはまわりの人に危害を加えたりしたようだけど、そんなことはしたくなかったから、睨むだけにした。今まで笑顔の練習しかしたことなかったから家で睨む練習をした。


 帰りは間切くんの後をつけた。正直何やってるんだろうと虚しくなった。一度だけ彼の腕に抱きつく妹さんを見たときは羨ましくてちょっとねたましかったけど見るだけにとどめた。警察とか声かけてこないかなと思ったけど意外と声をかけられなかった。


 本人の了承も取っていないのに彼宛にお弁当を作ってみた。レシピ通りに作ったから不味くはないけど、たぶん彼のお弁当のほうが美味しい。いつも美味しそうに食べているから相当美味しいんだと思う。一度だけネットでみた女の行動通りに彼の弁当を捨ててみたけど、罪悪感がすごかったから二度としなかった。無駄になった食材と、手間ひまかけて作った作成者への罪悪感がすごかった。

 弁当箱ごと捨てた筈なのに彼が同じ弁当箱を使っているのを見た。彼にはゴミを見るような目で見られた。泣きそうになったけれど「外では泣くな」という両親の言いつけ通り泣かずに、気づかないふりをして笑った。うまく笑えていただろうか。


 メールと電話も1日に何度もした。メールは送る内容を思いつかなかったから途中からその時の空の写真や道端にいた猫の写真とかを添付して送っておいた。どうせ見ないだろうから。電話もした。流石に夜中は睡眠の妨げになるのでやめた。


 彼の妹さんにお菓子を毎日差し入れするようになった。彼とそっくりな、けれど彼とは違って無表情なその子は少しだけ私の行動に引いていた気がするけれど、それで良いのだと、気づかないふりをしてお菓子を与え続けた。もちろん味は保証する。アレルギーの有無も調べておいたから問題ない。甘いものを食べるその子は小動物のようで、見ていて楽しかった。

 弟くんは警戒心が強くてどうやって接すれば良いのかわからなかったから一旦放置した。


 噂は色々立つのに中々婚約破棄にはならなかった。


 何度か会う機会があった彼らの態度は変わらない。相変わらず私を良い子として見てくるし、男は殴ってくる。


 そうやっているうちに間切くんが体調を崩した。学校を休むほどだった。手土産持って土下座して謝りに行きたくなった。


 まぁそんなことができるはずもなく、依然として変わらない状況にじれた私は強硬手段に出た。


 こんな時になるまで忘れていたけれど私は一応生徒会に所属していたので生徒会室に入って少しだけ細工をした。妹さんが倉庫に来るように仕向けて、職員室で鍵を借りた。私名義で借りたから誰が倉庫に彼女を閉じ込めたのかすぐにわかるはずだ。


 そして、こんなことをすれば確実に問題になる。今までの行動も考えると最悪退学すらありえる。

 別に良かった。このあとあの男と一緒になって殴られ、虐げられて絶望するくらいなら今信用をなくすほうがいい。もしかしたらこの後の人生に大きな影響を与えるかもしれないけれど、やっぱりあの男と一緒になるのだけは嫌だった。


 この件で、東雲さんに私のやってきたことがバレた。彼女の後輩を閉じ込めたことが大きかったらしい。彼女は私のことを調べ上げた。行動が早くて驚いてしまった。


 彼女から呼び出されて、婚約のことも含めいろいろなことを話した。まさか6時間も話し合いを続けることになるとは思わなかったけれど。最終的には泣いてしまった。泣かないようにしていたのに。


 彼女は私に「もっと他にやり方があったでしょうに」と言った。わかっている。私がやったのは最善じゃない。むしろ最悪とも言えるものだ。でも、私にはそれしか思いつかなかった。


 彼女は男の素性を調べ上げ、それを私と男の両親の前に証拠として出した。まとめ方とか、素人のそれではなかったから専門の人に頼んだんだろう。私ではできなかったことだ。どれほどお金がかかったのか。

 そのしっかりとした証拠を見た私の両親は私を抱きしめた。相手の両親は青褪めていた。男は平然としていた。それにイラッとしたので相手の両親に殴る了承を得て男を殴った。



 男は女をか弱い生き物で、男に反抗できないものと考えていたらしい。大方あっている。女はどんなに鍛えても男みたいに筋肉がつかないし、力も強くないから。でもだからといって殴れないわけではない。

 淑女たれと育てられた私だが、自衛のために鍛えてはいる。だっていつも護衛みたいなのをつけるわけにも行かない。親がずっとそばにいるわけじゃない。自分の身は自分で守らなきゃいけない。


 自分にあった自衛方法を探すために色々な格闘技を体験した。一番長く続いたのはボクシングだった。


 私は全身のバネと力を使って男の顔面を殴った。凄くスッキリした。そして、今までの人生の中で1番綺麗な笑顔を浮かべて、


「このクソ野郎」


 と言ってやった。こんな言葉遣いをしたのは初めてだった。




 試合や練習じゃないのに人を殴ったのも。


 下品な言葉遣いも。


 何回も殴られたのも。


 自分のワガママのために他人を嫌な目に合わせたのも。


 親に失望したのも。


 あんなに他人を嫌いになったのも。


 昔お姉ちゃんぶって遊んでいた可愛い後輩に助けられるのも。


 全て初めての経験だった。



「婚約破棄ありがとう。そして二度と私の前にその面見せるな」


 鼻から血を流した男は怯えた顔でコクコクと頷いた。


 男たちが去った後、私は東雲さんに改めてお礼を言った。彼女からはチョップをくらった。


 間切くんたちには迷惑をかけた謝罪をしたかったけれどあんな目に合わせたし私には会いたくないだろうと、距離を置くことにした。謝って許されることではないし、謝って心が晴れるのは私だけだろう。


 そうして、一通りのことが済んだ後の予備校の帰り道、間切くんの家の近くで妹さんにあった。


 婚約話もなしになって、スッキリしていたけれど、やっぱり恋心というのは簡単には消えないもので、彼女の顔を見たらまた嫉妬心なんかが体の奥でグツグツ煮えたぎるのがわかった。


 彼に、家族に大切にされている彼女が羨ましかった。妬ましく思ってしまった。


 私はどうせ最後だからと、また心のうちにあった感情を表に出した。怯えさせてしまったのは反省した。あんなに真っ青になるなんて。すぐ弟君がきてくれたから良かったけれど。


 最後に間切くんと話した。彼は私とは付き合えないことをキッパリと告げるだけだった。あんな目にあったのに私を詰ったりしない。優しい人だ。優しすぎる。私は謝らないと決めていたけど思わず謝ってしまった。許さなくていいのだと言っておいた。あと最後の最後に告白もした。きちんとフられた。少しスッキリした。フられるのは3回目だ。



 今度東雲さんが一緒にお菓子を食べてくれるらしい。甘いものでも食べながら話しましょうって。彼女も優しすぎると思う。

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