54話
学園祭が段々と近づいてきているある日の朝、洗面台で歯を磨いているとまだ眠そうな圭が隣にやってきた。
「おはよ」
「んん……おはょ……」
「まだ眠そうだね」
んー、なんて中身のない返事をしながら圭も歯を磨き始める。
ところで、洗面台には鏡がある。その鏡には私と圭の二人が映っているわけだが……。
私はうがいをして歯ブラシを定位置に戻す。そして、もう一度鏡と向き合った。……うん。
圭の方が明らかに背が高い。
「圭に身長抜かれたっ!!!!」
柄にもなく大きな声が出た。そして響いた。
私の隣をとても嬉しそうな表情を浮かべた圭と、いつも通りの兄が歩く。
「嬉しそうだね……」
「うん!」
私は悲しい。
「そのうち俺も抜かされそうだな」
「頑張って抜かすよ!」
「頑張らないでくれ……」
地味に兄も気にしているらしい。兄は別に身長が低いわけではないんだが……。圭はなんかどんどん身長伸びそうなんだよな……。
「これで姉さんを守れるよ!」
「圭……」
私の弟がとっても良い子……。良い子、なんだけど。
「『姉さん』……?」
「うん! 姉さんの身長こしたら『姉さん』って呼ぶことにしてたんだ! 兄さんもね!」
なんか、弟が一気に成長してしまった気がして少し寂しい。
「…………姉さんたちは、こんな僕は嫌い?」
私達の反応が思わしくなかったからだろう、圭が少し悲しそうにそう聞いてくる。愚問だな。
「凄く好き」
「今までと変わらず大事」
「わーい。僕も姉さんたちのこと大好き」
あー、喜ぶ圭がすごく可愛いなぁ。
「……つらい」
「弟の成長だよ。喜ぼうよ」
「そんな落ち込まないで波留ちゃん……」
「落ち込んでるけど、波留ちゃんはどんな弟くんも好きなんでしょ?」
「身長が高くなって私のことをお姉ちゃんと呼ばなくなった程度でブラコンは治らないよ」
「でも落ち込むんだ?」
「姉としてのなけなしの威厳が……」
ただでさえ威厳も何もない姉なのに……。身長すら抜かされた……。とても辛い。でも身長伸びて喜ぶ圭可愛い……。
机に伏せりながらこの複雑でもない感情に折り合いをつける。うん。圭は可愛い。
「波留さんは今日も生徒会?」
「そだよ。また馬車馬の様に働くよ」
最近忙しくなってきたからね。兄のためにも働くさ。




