51話 2年夏休み
テストが終わって暫くすれば夏休みである。
夏休みが始まって数日、私は家事も終え、今日やる予定だった宿題も終わり、暇になったので公園へ向かった。今日は鳩のお兄さんいるかな。
道端に咲いている花を写真に収めたりしながら歩いていれば何事もなく公園にたどり着いく。平日の昼だからか、公園にはまばらにしか人がいない。鳩の群れも見当たらないし、今日はいないんだろうか。
「間切先輩!」
「ぅぐ………………山内くん」
キョロキョロあたりをみまわしていると、可愛らしい声とともにドンッという衝撃が私を襲った。なんか最近山内くん赤坂に似てきてない? 気のせい?
「山内くんがここにいるの珍しいね」
「今日は習い事もないので散歩に! 間切先輩は?」
「私も似たようなものかな。それにしても暑いね」
「そうですね!」
うん。暑いから離れようか。可愛いけど、流石に暑い。
やんわりと山内くんを引き剥がせばあっさり離れた。
「山内くんは元気だね」
「はい! でも頭痛くなってきちゃって……あと少ししたら帰ろうかと!」
「……山内くん外に出て何時間くらい経ってるの?」
山内くんは手に何も持っていないが、飲み物とかどうしたんだろうか。
私が尋ねると彼は腕時計を一瞥してからこちらに笑顔を向けた。
「3時間ほど!」
「あ、もしもし兄さん? この気候の中手ぶらで3時間歩き続けた山内くん発見したから連れて帰るわ」
明らかに熱中症である。
「……すみません……なんかハイになっちゃって……」
我が家のリビングで横になった山内くんがそう謝ってきた。アドレナリンでも出てたんかね。
正直、山内くんを家に帰しても良かったが途中で倒れらたら困るし、公園の位置的に私の家のほうが近かった。因みに山内くんの家の場所は何故か圭が知っていて、少し前に私に教えてくれたから知っていた。圭は何故知っていたんだろう。
「別にいいけど、熱中症には気をつけた方が良いよ。最悪死ぬから」
そうでなくとも救急搬送されている人が年に何人もいるんだ。気をつけておくに越したことはない。
パタパタと団扇で仰いでいると圭と兄がそれぞれスポーツドリンクと濡らしたタオル等を持ってきた。
「山内くん大丈夫?」
「スポーツドリンク持ってきた〜。喉乾いたら飲んでね」
「すみませんありがとうございます……」
意識ははっきりしているし、症状としては軽い頭痛のみ。救急車は呼ばなくて良いだろう。
「どうする? お家の人呼ぶ?」
「……今日は鈴木さんがいるので電話します……あっ携帯家だ……」
何も持っていないとは思っていたが携帯もか。なんか兄と弟が私をじっと見てきている気がするが気のせいだろう。
「家の電話番号はわかるよね? 家の電話からでいいかな。山内くんの家の電話って知らない番号着拒してたりしてない?」
「してないです」
「じゃあ子機持ってくるから、電話しよう」
兄がさっさと子機を持ってくる。早いな。
「ありがとうございます……」
子機を渡された山内くんは体を起こして電話をかけ始めた。さて、私はどうしようかな。
「あ、もしもし鈴木さん? 僕です。え? 違いますオレオレ詐欺じゃないです! 僕僕詐欺でもないですそんな詐欺聞いたことないですよ!」
何やら愉快な会話をしている。
「山内哉太です! そう! え!? そんなことしました!? あ、したんですかすみません。……じゃなくてですね? ちょっと散歩してたら体調を崩して……泣かないでくださいそこまで酷くないです。それに先輩の家で休んでますし。でも一応連絡をと……は? え、待ってください。ちょ、まってまって! 待って鈴木さん!」
ガチャリという音とともにツーツーという、なんとも寂しい音が流れる。どうやら電話を切られたらしい。
「山内くん……?」
「えっと、あのですね? 鈴木さん……お手伝いさんなんですけど、彼女、今から山内家の名に恥じない手土産を持ってこちらに来るそうで……」
それは一体どんな手土産なんだ。というより。
「こっちの住所言う前に切られなかった?」
「切られました……」
騒がしくてすみませんと、しゅんとした山内くんが謝る。取り敢えずスポーツドリンク飲んで落ち着いてもらおう。
暫くするとうちの電話が鳴り響いた。
「うちの電話番号です……あの、出てもいいですか?」
「どぞどぞ」
「もしもし鈴木さん? あ、はい。準備早いですね。はい。ちょっと待ってください。……間切先輩、ここの住所を教えてもらうことってできますか?」
私はその辺にあるメモを手に取り、住所を書いていき、それを山内くんに渡した。山内くんはそれを読み上げる。
「……です。はい。え?! りむっ……そんなもので来ないでください普通の車で来てください!」
何で来ようとしてたんだろ。まさかリムジンではなかろうな。そんなものこの近くに停められたら一気にご近所さんへと伝わるからやめてくれ。
「……すぐに来るそうです……」
疲れきった山内くんがそう報告してくる。そうか……。ふむ。お茶とか用意したほうが良いかな。いつでも出せるようにしておこう。
「あ、間切先輩!」
「「「ん?」」」
キッチンへ向かうべく立ち上がったら呼ばれたので振り返る。が、リビングの隅でゲームをしていた圭も、何やら難しそうな本を読んでいた兄も同じように山内くんの方へ視線を向けていた。なるほど。
「間切先輩が3人いる……」
この台詞だけ聞くと酔っ払いとか、相当体調が悪い人間に思えるが今は正常だ。確かに山内くんが言う間切先輩は3人いる。兄も私も圭も、山内くんからしたら先輩なのだ。
「…………えっと……」
「圭先輩って呼ぶといいよ!」
さも妙案だと言わんばかりの晴れ晴れとした顔で圭が言う。たぶん、呼ばれたいだけだろう。
「で、お兄ちゃんが梓先輩! お姉ちゃんが波留先輩! これなら区別できるよ!」
「圭先輩! 梓先輩! 波留先輩!」
「うん!」
圭と山内くんが満面の笑みを浮かべる。楽しそうで何より。というか、山内くんが元気になったようでよかったよ。二人ともかわいいなぁ。
迎えに来たのは妙齢の女性だった。彼女は山内くんを見ると崩れ落ちた。どうやら安心して腰が抜けたらしい。なので彼女を家に上げて持ってきてくれた手土産を食べながらお茶を飲むこととなった。中々気さくな良い人だった。
手土産と称して持ってきたお菓子はどこをどう見ても高級品だった。山内家凄い。




