40話
捏造されていた記事の訂正、そして謝罪文が掲示板に貼られていた。どうやら新聞部については対処が済んだようだ。
これでもう有りもしないことを書かれることはない。一安心だな。
「さむい」
「引きこもりたーい」
そろそろコートを出すべきかと思いながら冷えた廊下を秋田くんと歩く。今日は日直だったので帰りのHRが終わってから少し時間が経ってしまっている。秋田くんは私の手伝いをしてくれた。
「秋田くん今日は暇なの」
「んー? 今日は一度家に帰ったあと習い事」
「まじか。手伝わせてごめん。因みに習い事って剣道?」
たしか秋田くんは剣道をやっていたはずだ。
「んや、今日は水泳」
「寒そう。秋田くんそのうち体型が逆三角形になりそうだね」
「発言が突然過ぎてびっくり。プールは意外と寒くないよ。でも行き帰りが寒い」
行きたくない、と言いながら階段を下る秋田くん。寒いのは嫌だよね。にしても水泳か。私バタフライとかできない。何あれどうやってるの。どんな原理で前に進んでるの。
秋田くんと隣合って階段を下っていると下の方から悲鳴が聞こえた。何事か。
「ぅわっ。ごめんなさい」
下を覗こうと移動すると階段を登ってきた生徒とぶつかった。咄嗟に謝るがその生徒は足を止めず、すぐに去ってしまう。何なんだ。
「波留」
兄の、特に大きくもない声が耳に響く。その声に振り返れば下方に兄がいた。何だろう、兄が怖い。
「今の女をなんとしてでも連れ戻して来い」
「ハイッ!」
柄にもなくとてもハキハキとした声が出た。私は私にぶつかった生徒を追いかけ階段を登る。
兄がガチギレしていた。
あの、怒ることはあってもキレることは殆ど無い兄がだ。しかも外面が剥がれるレベル。やばい。あれはやばい。あの女何したんだ。
一つ上の階で女は廊下を走っていたので急いでそれを追いかける。女はあまり足が速くない。「廊下は走るな」という先生の声が聞こえるが気にしている場合ではない。というかあの女さえ止まれば私も走らないからあの女を止めてくれ。
「つか、まえた!」
「っ何すんのよ!」
「貴方こそ何したんですか」
女の手首を掴み、強制的に兄のいた場所へと連れて行く。女は答えない。なんとか逃げようとしているのか先程から私の手を離そうとしている。残念だったな。私はそこそこ力がある。
それにしても、この女は本当に何をしたんだ。兄がキレるなんて相当だぞ。うーん、あの時兄は足を止めて、しゃがんでいた。女を追いかけている感じではなかったな。……あ、そういえば兄の近くには倒れている相良先輩が……。あ。
「貴方……まさか会長のこと階段から突き落としたんじゃ」
「……」
女の身体が強張る。当たりのようだ。なんてことをしているんだ。
「なんで会長を階段から突き落としたんですか」
「あんたには関係ない」
そりゃそうか。そういえばこの女どっかで見たな。どこだろう。
なんとか女のことを思い出そうとしながら歩く。どこだったかな。ていうか逃げようとするんじゃない。
あぁ、そうだ。学園祭だ。学園祭で赤坂と……なんだっけ、取り敢えず美人さんの写真を高そうなカメラで撮っていた人。
「なるほど。貴方新聞部……というか、あの号外書いてた人ですか」
赤坂の記事で使われていた写真は、確かあの子がいた位置から撮れるものだった。角度的に。そうか。
もとの場所に兄たちはおらず、何故か秋田くんが一人立っていた。あ、忘れてた。
「おつかれ波留さん」
「ごめん、置いてった」
「仕方ないよ。間切先輩たちは保健室だよ。鞄落としていってたから待ってたんだけど……保健室まで持っていくね」
助かる。そういや鞄放り投げたわ。
女の手は離さず、秋田くんと保健室へと向かう。相良先輩は大丈夫だろうか。
「失礼します」
「波留」
保健室に入れば中には保健医、兄、相良先輩、東雲先輩がいた。相良先輩は起きていて、保健医に診てもらっているところのようだ。
「連れてきた。会長大丈夫ですか?」
「大丈夫。一応病院にも行ってくるけど大したことないよ。運が良かったね〜」
「連れてきてくれて助かった。急に悪かったな」
女を保健室に押し込んで手を離す。女はもう諦めたのか大人しくしていた。
「いいよ。じゃ、私はこれで」
さっさと帰ろう。相良先輩の無事も確認したし。
保健室を出て外で待っていた秋田くんと合流する。
「お待たせ。帰ろうか」
「事情とか聞かなくていいの?」
「まぁいいかな」
気になったら兄に聞くから、と言って歩き出す。帰ろ。




