28話
「兄さん」
「波留。あれ、今日は生徒会休むんじゃなかった?」
学校へ戻ると何やら大きな紙を筒状に丸めたものをいくつも持った兄を見つけたので声をかけた。帰ったはずの私が学校にいることに驚いた兄が外面を被ったまま反応してくる。
「諸事情で戻ってきた。私を癒やして」
「…………?」
事情も話さずに無茶を要求する私に戸惑いながらも兄は頭をなでてくれた。優しい。少し癒やされた。良き。
学校へ着くとそこには警察がいて私達は、というか主に担任と山内くんが事の次第を説明した。
道に迷ったと声をかけられたこと。
車に地図があるからそれを使って説明してと頼まれたこと。
嫌な予感がして断って逃げようとしたら腕を捕まれ引きずられたこと。
車に乗せられる直前に私達が来たこと。
簡単にまとめるとこんな感じ。なんか聞いたことあるなと思ったら以前山内くんがうちに来た原因もこんな感じだったと思い至る。同一犯だろうか。しかし山内くんは何も言わなかった。あのときとは違う人物なのだろうか。いや、でも二人の男は後部座席に乗り込んでいた。運転席には誰も乗り込まなかった。つまり運転席には別の人間がいたことになる。となると最低三人の人間がいたということに。前回山内くんを連れ去ろうとした奴は何人だったんだろう。抵抗して逃げられたなら一人かな。一人ならば、その運転席にいたであろう人間がそいつの可能性も……。
などと考えたが、そんなことは私が考えることではないだろう。それに全て推測だ。あとは警察に任せるべきだな。未遂とはいえ誘拐もしくは略取だ。カメラの映像データも警察に渡したし。
「今日はもう下校だって」
「え、なんで」
「色々あって集団下校するんだって」
もうすぐ放送がかかるよ、と言えば兄は少し考える素振りをしてからまた私を撫でた。
「じゃあこれ生徒会室に置いてこよう」
そう言った兄が生徒会室に向かうのを見て、私は教室へ戻った。秋田くんがまだいるはずなのでギリギリまで話していたい気分である。っていうか、落ち着いてから気がついたのだが、なんか、あれ、聞いたことある状況に似てたな、なんて。いや、まぁそんなことはないだろう。うん。今日の夕飯何作ろうかな。集団下校なら帰りに具材を買えないから帰ってからまた買いに行くか。
「秋田くんや」
「あ、波留さん。お兄さんに会いに行ったんじゃなかったの?」
「ちゃんと癒やされてきた。やっぱり私の兄弟は天使。素晴らしいね」
「俺、波留さんのその包み隠さないブラコン度合い好きだよ」
「ありがとう」
教室で本を読んでいた秋田くんに話しかければ彼はすぐに顔を上げて答えてくれた。私がブラコンなのは認める。
「ねぇ波留さん」
「なんだい」
「山内くんをみつけてから、ずっと思ってたんだけどさ」
「待って」
「山内くんってさ、俺達が見つけなかったら絶対車に乗せられてたじゃん」
「秋田くん」
「……………………ゲームの設定に、似てるよね」
「必死に目を逸らしていたのに!」
似てるよね! 知ってた! すごく信じたくなくて必死に目を逸らしていたけど。そりゃ、ゲームの設定では怖い目に合うのが一度切りだなんて言われてなかったし。言ってしまえば梅雨の時期のあれだと山内くんは一人で逃げられている。それに今日一人でいた事を考えるとゲームの設定とは違ってくる。別日にまた恐怖体験をしたとしても不思議ではない。ない、が。
「また関わってしまった……」
「ほんとにね。あの場面見てスルーなんてできないけどさ……」
正直、山内くんを助けられたのは良かったと思っている。やはり知り合いが怖い目に合うのは嫌だし。可愛い後輩だし。しかし、夏休みに秋田くんと「彼らとはなるべく関わらない」と決めたのに。速攻で関わった。笑うしかない。
「実はさっきまで山内くんと話してたんだ」
「そうなんだ」
「後日改めてお礼をしてくれるそうだよ……」
所謂ゲンドウポーズで秋田くんがつぶやいた。そのお礼、おそらく私の方にも来るのだろう。気にしなくていいのに。私は何もしてない。担任が頑張っただけだ。お礼は担任に……するんだろうな。頭の中に梅雨の時期に我が家にお礼のためで向いた山内親子が過ぎった。お礼として貰ったお菓子はとても美味だった。
「そういえば波留さん」
「んー?」
「こんな諺があるよね」
「……」
「二度あることは三度ある」
三度目はないことを願うばかりである。




