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脇役らしく平和に暮らしたい  作者: 櫻井 羊
中学生編
104/232

27話



「癒やしが、欲しい」


 学園祭に向けて毎日雑用、雑用、ひたすら雑用。生徒会は雑用係か。たまにはなにか癒やしがほしい。

 今日最後の授業を終えて、私は机に突っ伏した。隣の席に座っていた秋田くんが立ち上がるのが気配でわかる。


「波留さん今日暇?」

「生徒会はない」

 帰る時に夕飯の買い出しをして、家事をする。今日、兄は生徒会の仕事で遅くなるし、圭は習い事がある。親はいつも通り忙しそうだし、家事は自分だけでやることになりそうなので生徒会は休ませてもらうことにした。兄は副会長なので中々生徒会の仕事を休めない。


「じゃあ帰りに寄り道しようよ。癒やされたいんでしょ?」

「癒やしがあるの?」

「俺の家で今猫預かってるんだ。見にくる?」

「行く!」

 猫っ! と上体を起こして秋田くんを見れば彼は笑っていた。

「波留さんが生き生きしてるの珍しいね。猫すき?」

「可愛いよね」

「好きなんだね。じゃあおいでよ」

「私が行っても大丈夫なの?」

「たぶん」

 まぁ少し見させてもらうだけでも癒やされるし、マズそうだったらすぐに帰ろう。

 そうと決まれれば、と席を立ち自分のクラスへと戻る。習熟度別なため、移動教室だったのだ。あとは帰りのHRだけなのですぐに終わる。掃除当番でもないし、日直でもない。さっさと帰れる。猫見て、夕飯作って、勉強してさっさと寝よう。




  

「猫楽しみ」

「三毛猫なんだよ」

「へぇ〜。あれ、三毛猫はオスが珍しいんだっけ」

「たしか。預かってるのはメス」

「名前は?」

「虎之助三世」

「……メスなんだよね? 一世と二世どこ?」

「メス。一世と二世はいないらしいよ。直感でつけたらしい」

 直感でつけたのかぁ。随分勇ましい名前をつけたものだ。


「お、間切と秋田じゃないか」


 二人で通学路を歩いていると後ろから声をかけられた。振り返るとジャージ姿の担任が。珍しい、いつもはスーツなのに。


「先生、どうしたんですか?」

「俺は今見回りしてるんだ。二人は下校中か? あれ、でも間切の家は逆じゃ」

「今うちで預かってる猫を見て癒やされようって話になって」

「あぁ、間切忙しいもんな。無理はしないようにな」

 そう言う担任と三人で再び歩き始める。担任は中々ガタイが良い。


「先生、見回りってなにかあったんですか?」

「少しな。梅雨の時期にこのあたりで誘拐されそうになった子供がいたらしくて、それを警戒してるんだ」

 一瞬脳裏にズブ濡れの山内くんが思い浮かんだ。たぶんあれだろう。誘拐なんてそうそう起こるものではない。

「だいぶ前ですよね。まだ警戒してるんですか?」

「犯人捕まってないらしいから」

 なるほど。

「二人も気をつけるんだぞ」

「「はい」」

 担任がジャージなのは何かあったときのためか、と一人納得しながらが三人で歩いていく。私の鞄にはスタンガンと防犯スプレーと防犯ブザーが入っている。大丈夫。


「そういえば間切ってずっとカメラ持ち歩いてるな。写真部だったか?」

 担任の視線が首から下げている私のカメラへと向く。

「部活には入ってませんよ。カメラは小さいときから持ち歩いてるのでつい」

「初等部のときもずっと持ってたよね。剥き出しなのは珍しいけど」

「親がこの間ストラップ買ってくれたんだ。使ってみたくて。でもぶつけたりするの怖いからそろそろまた鞄にしまうかな」

 因みにストラップは中々丈夫そうなやつである。カメラ引っ張られたら首持って行かれそう。しかしカメラを首からかけていられるのは中々便利なんだよな。すぐ構えられるし。


「ん? ってかカメラ変えた?」

「前使ってたのは古くなったからね。新品です」

 カメラを手に取って見せる。新しくはあるが、見た目はあまり変わらない。前のやつと色は同じだし。しかし、技術の進歩により機能はだいぶ良くなっている。画質も良くなってきているし。それに。


「ビデオも撮れるんだよね、このカメラ」

「え、まじ?」

「まじ。ほら」

 ビデオを起動して見せれば秋田くんもおぉ、とカメラをのぞき込んできた。先生も上からのぞき込んできているのがわかる。


「楽しそうだな」

「写真撮ったりするの好きなんです。ビデオも楽しい」

 秋田くんにカメラを向けたら逃げられた。逃げた秋田くんを追い回すようにカメラを動かす。更に逃げる。


「秋田くんカメラに映るの嫌い?」

「俺なんかよりもっと良い被写体撮ろうよ! あ、ほら、あそこに山内く……ん……」


 逃げた秋田くんが立ち止まって私達の進行方向とは別の方向の道を指差した。それにつられてカメラごと視線をそちらに向ける。



 人気のない薄暗い道。


 道中に停められているワンボックスカー。


 車の近くにいる男二人。


 一人の男に腕を捕まれ、抵抗している山内くん。







 明らかに誘拐……いや、略取の現場である。


 私が状況を理解している間に先生が走って山内くんの方へと向かっていった。先生足速い。


 担任の存在に気がついた男二人が車に乗り込んで逃走。担任はそちらより山内くんの方を優先し、こちらへ戻ってきた。山内くんは涙目だった。




「山内くん大丈夫?」

「間切先輩……」

「おわ」

 私が声をかけると山内くんは抱きついてくる。私より身長が低い。可愛い。抱きついたまま離れないので頭を撫でる。サラサラだ。


「車のナンバー抑えるの忘れたな……」

 小さな、苛立ちを含んだ声で担任が呟く。ナンバーか。

 片手に持っているカメラを操作すると、まだ録画していた。それを止めて、録画したものを確認する。映し出された映像の中には車も映っていた。ナンバープレートもギリギリ読み取れる位置だ。よかった。


「先生、はい」

「カメラ?」

「ここ、車映ってます」

「本当だ」


 カメラの映像を止めて先生に見せればすぐさまメモをとっていた。


「さて、三人とも少しだけ待っててくれるか」


 担任がそういうので道の端で三人で固まって待つ。担任は携帯で何やら連絡を取っていた。ところで山内くんがまだ離れない。取り敢えず頭なでよう。


「山内くん大丈夫?」

「……………………………すみません、みっともない姿を」

 少しして、声をかけたら山内くんがすっと離れた。目が赤い。泣いてたのか。

「ありゃ怖いよね」

「ねー」

 秋田くんの言葉に同意して頷く。山内くんの視線が秋田くんに移った。

「……もしかして、秋田先輩ですか?」

「え、俺のこと知ってるの」

「赤坂先輩が話してました。間切先輩みたいな普通の友人だって。男友達ができたって喜んでました」

「ナルホドー」


 秋田くんが遠い目をしたが気にしない。にしても、すぐにわかったってことは見た目についても話してたのかな。よっぽど嬉しかったのか。山内くんがジーッと秋田くんを見続けていると先生が電話を終えた。


「三人とも、できれば学校に戻ってもらえるか。あ、用事があるなら送っていくけど」

「癒やされたいです先生」

「波留さんが疲れ果ててます先生」

「用事はありません」

「間切と秋田は少し我慢してくれるか」


 猫……。と肩を落としたら担任がごめんと謝ってきた。いいんだ。仕方ない。大人の事情もあるのだろう。

 結局、4人で学校へと戻った。


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