第九話・立国 丈二
6回戦。この時点で、ゲームに参加しているのは丈二とリーダーの二人だけになっていた。他のメンバーは、負けが込んで参加料すら払えなくなり、二人の勝負を見守るだけになったのだ。
丈二に配られたカードは、すでにキングのスリーカードが出来ていた。
(また、初っ端から役有りかよ。だが、次に交換するカードで最終的にどんな役ができるのか……?)
「さ、チェンジどうぞ、先輩」
「クソ……。三枚チェンジだ」
リーダーはチップを払い、カードを交換する。と、新たに引いてきたカードを見た途端――。
(お……おおおおっ! 来たっ来たっ!)
大きく眼を見開いた。引いてきたカードは、クラブのエース、キング、10。手元に残していた二枚のカードは、同じくクラブのジャックとクィーン。
(クラブのロイヤルストレートフラッシュ! これなら間違いなく勝った!)
ロイヤルストレートフラッシュは、二番目に強い役である。
(どうだっ!? さすがに今度は勝負に行けるだろう!?)
しかし、サイン役の男はなにも合図を出さない。丈二がカードを交換するまで、勝負か否かの判断は出せないのだ。
そして丈二は、チップを出しながら宣言した。
「俺は……四枚、チェンジします」
(よ……四枚っ!?)
サイン役の男は驚いた。わざわざ出来た役を崩すなど、通常ではありえないことだ。
(少なくとも、これでスリーカードは崩れた……)
丈二が、山札から新たに四枚のカードを引く。そして、そのカードを見もせずに場に伏せる。
「さ、先輩。どうします? これ以上レイズしますか? 俺はいくらでも受けますよ」
「ナメやがって……」
丈二の引いたカードが見えない以上、リーダーはイカサマを使えない。どんな役が出来たのか、まったく知る手段がなくなった。
(……だが、四枚も交換したんだ。いい手が入ってるわけねぇ……)
自分の手札を、じっと見つめる。ジョーカーを含まない、純正のロイヤルストレートフラッシュ。かなり強い役だ。
(四枚も交換して都合よく手が入るわけねぇッ! ブラフだ。今までの連勝を利用して、ハッタリをかましやがったんだ)
そして、ノドの奥から絞り出すように声をあげた。
「レイズッ! 五万だッ!」
叩きつけるようにチップを放り投げる。
この勝負に丈二が勝てば、これまでのゲームで被害者(らしい一年生)が負けた金額も回収できる。事実上の最終勝負だ。
「五万ですか……大きいですね」
丈二はカードを伏せたまま、かすかに笑う。それを見たリーダーの額に、大きな汗の粒が浮かんだ。
(ハッタリだ、ハッタリに決まってるっ! そう都合よく手が入るわけない!)
「いいでしょう。コールです」
(はぁ!?)
チップを追加し、伏せたカードを手に取る。
「それでは勝負。俺の手は……」
(まさか、まさか本当にいい手が入ってんのか!? バカな! そんなに都合よく……)
一枚ずつ、カードが表向きになって倒される。まず見えたのはスペードの10。続いてジャック、クィーン、そしてキング。
(そ、揃ってるわけがない! ここまで都合よく……)
「おおっ! スゲェ!」
観戦していた一人が叫ぶ。
「俺の手は、スペードの純正ロイヤルストレートフラッシュです」
最後の一枚は、スペードのエースであった。
(ツゴウ……ヨク……)
リーダーは、顔面から血の気が引くのを感じた。視界が大きく揺れ、胸の奥から吐き気が込み上げてくる。その手から、カードが表向きに零れ落ちた。
「先輩のカードはクラブのロイヤルッスか。残念ですね。俺の勝ちです」
ポーカーでは同じ数字を使い、同じ役が複数のプレイヤーに同時にできた場合、スペードのマークを使ったものが一番強いとされるのである。
「いや〜珍しいッスね。二人同時にロイヤルなんてめったに出ませんよ。あ、もう時間何でチップ精算します」
ここでのギャンブルは、勝負前に現金をチップに代え、時間終了後にチップを現金に戻せるようにしていた。丈二は手早く、精算所に置かれた現金を掴み取った。
「そんじゃ、俺はこれで……」
「ザケんじゃねぇぞ、てめぇっ!」
正気に戻ったリーダーが叫んだ。
「勝ち逃げなんか許すと思ってんのか!? その金戻しやがれ! 続行だっ!」
「あれ? 参加したくない奴を無理にやらせるのはダメだったんじゃあなかったッスか?」
そう言いながら、丈二はさりげなく腕時計を確認する。
(……予定まであと1分、か)
「座れっつってんだよ! どうせイカサマでもしやがったんだろッ!?」
と、イカサマをしていた本人が怒鳴る。
(……イカサマ、ね。そんなの俺には必要ないな)
立国丈二の偏才――。
(トランプ・カードに好かれちゃってるからね。俺は)
「てめぇ、なんとか言いやがれッ!」
リーダーが再び怒鳴り、丈二の腕をつかむ。だが、丈二はあくまでも冷静だった。
(あと数秒……GO!)
「あっ、おい!」
丈二はリーダーの腕を振り払い、扉とは逆の方向へ走り出す。
「待てっ!」
「バカ野郎っ! そっちは……おいっ!?」
迫ってくる男たちの手を交わし、丈二は屋上から飛び降りた。