第八話・猛追の青天井
昼休みとなった。丈二は単身、屋上へと向かう。
「こんちはー」
「おう、ちゃんと来たな」
リーダーが不健康な歯をのぞかせて笑う。朝のゲームで勝ち続けたせいか、丈二のことを完全にカモとして捉えているようだ。
光助はいない。代わりに、別の男が参加していた。
「一人メンバーがいねえからよ、他のやつを連れてきたぜ。お前と同じ一年生だ」
そう紹介された男は、座っているため正確にはわからないが身長は低い方ではなさそうだ。やせ型で髪を茶色に染めているところを見ると、遊び慣れているという印象だった。
(はは〜ん、こいつがボスの言ってた被害者か?)
丈二は扉のすぐ前の位置に座る。というより、他のメンバーが丁度そこだけを開けて座っているのだ。自然、最後に来た者はそこに座らざるをえない。
「あの、一つお願いがあるんスけど」
リーダーに向かい、ある提案を持ちかける。
「あぁ?」
「レートあげませんか? 最初に払う参加料を、ニ千円に」
「な……っ!」
サッと緊張が走る。参加料は、一度支払うとそのゲームに勝たなければ取り返せないのだ。
「それと、レイズの上乗せ金額を青天井にしませんか? さっき負けたぶんを一気に取り戻したいですよ」
ポーカーは通常、一回のゲームで上乗せできる賭け金に上限がある。この屋上でやっていたルールでは、賭け金は一万円までと決まっていた。青天井とはその上限を無視し、一万円以上を賭けることができるルールである。
「どうっスか? 小さい額でちまちまやってたんじゃあ燃えないんスよ」
挑発的に笑いながら、ポケットからサイフを取り出して見せる。それも、わざと中身の万札がはみ出て見えるようにして。
「おっおお……!」
リーダーの目の色が変わった。この男からすれば、イカサマを使い、ほぼ確実に勝てる勝負である。レートは高い方がいい。
「はははっ! いいぜ、そうしよう」
高笑いし、サイフを床に叩きつける。少なく見積もっても十数万は入っているだろう。
「よぉし、始めようじゃねぇか。チップは通常の倍の値段で扱うことにしようぜ!」
「あ、あの……」
か細い声があがる。無理やり連れてこられた一年生だ。
「オレ、そんなに金ないんですけど」
「あ〜? なに言ってんだ。勝てば問題ねぇだろ? か・て・ば」
そう言うリーダーの視線は、丈二の背後に現れたサイン役の男に向けられる。
(イカサマはバレてねぇ。一気にむしり取ってやるっ!)
カードを取り出し、シャッフルを開始する。
「ゲームスタートだっ! 参加料二千、青天井ルールでな!」
丈二は、シャッフルされるカードの束を、ただじっと見つめていた。
「光助さんに聞け、か……。でも、光助さんって何組だろう? さっき丈二君に聞いとけばよかったな」
直人は、『ボス』に関する回答を出来るだけ早く知るべく、光助を求めて三年の教室まで来ていた。しかし、上級生の教室をのぞいて回ることに抵抗を感じ、なかなか行動できずにいた。
「うぅ……。すごく場違いな雰囲気……。仕方ないや、一度戻ろうっと。結子さんなら知ってるかも」
と、逃げるようにその場を去ろうとする。その時、ふと、窓越しに隣の校舎を見ると、一階の廊下に光助の姿があった。
「あ、あんなところにいた。けど、あそこって職員室とかがある棟だよね……?」
光助はどこに行くわけでもなく、廊下の壁にもたれて立っている。誰かを待っているかのように。
「職員室の先生に用でもあるのかな……。まぁ、いいや。ちょっと行ってみよう」
そうして、直人は歩きだした。
「すみません、レイズです。二万円」
「に、二万っ!?」
悲鳴に近い声があがる。声の主は、イカサマを駆使しているはずのリーダーだった。
「どうします? 受けますか?」
丈二は余裕の表情を浮かべる。その逆に冷や汗を浮かべているのは、丈二の背後に立っている男だった。
(なんなんだ、コイツ……。二回連続で、フォーカードをつくりやがった)
フォーカード。ポーカーでは三番目に強い役である。
(ダメだ、勝てねぇ。降りろ)
そのサインを受け取り、リーダーは舌打ちをする。
(クソッまたかよ……)
ギリギリと歯ぎしりし、悔しそうにカードを叩きつける。
「ドロップだっ!」
「そうですか。それじゃあ場に出てるチップは俺の総取りですね」
丈二はチップを回収し、カードをかき集めてシャッフルし始める。通常のポーカーでは、決められたディーラー役がカードをシャッフルしたり配ったりするのだが、ここでのゲームは、誰がやってもよいことになっている。
「とりあえず負け金は回収できましたね。ついでに、ちょっと利子付きで」
丈二は大勝していた。相手の使っている手口は、勝てる時にだけ勝負し、負けそうな時は降りることだ。しかし、ポーカーは途中でゲームを降りても、参加料分は必ず損してしまうゲームだ。
(勝負しなきゃ、勝負しなきゃ金は戻ってこねぇのに、勝負できねぇ……)
この時点ですでに5回のゲームが行われていたが、リーダーはその全てを降りていた。勝負できなかったのだ。
(コイツ……なんでさっきから強い役ばっかり引いてくるんだ!?)
背後からのぞく男は、もはや自分の目が信じられなくなっていた。
丈二は5回連続で、参加している他の誰よりも強い手を作り続けていた。自らの「偏才」を用いて。