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第七十一話・決着、二人

 外気が湿り、雨の降る気配が漂ってきた。やがてポツリ、ポツリと雨滴が落ち始め、それほどの時を待たずに激しい大雨となった。


 そんな雨の音を打ち消すように、洋館の廊下に響いた音。手加減の無い全力の平手が結子の頬に打ちつけられたのだ。


「もうやめてって……言ってるでしょ……!?」


 叩いたみどりの手にも痺れが走る。手のひらと同じぐらいに赤くなった顔で、結子の顔を思いっきり睨みつけた。


 乾いた音の響いていた時間はほんのわずかだったが、二人には何時間もかかっているように感じられた。


 その間に、様々な思いが脳をかけ巡る。痛み。悲しみ。苦しみ。悔い。疲労。そして……遙か昔に感じた、喜び、慈しみ。


 かき消された雨音が再び戻ってくる。その雨音に隠れて、結子は小さく口を開いた。


「やめたくないよ……みどり」


 左頬を打たれ、若干右の方に顔を向けたままだ。口を開いたのをきっかけにして、目の下にある筋肉が揺れ始めた。揺れは顔全体に伝わり、やがて、二つの瞳からゆるりと涙がこぼれ落ちた。


「やめないよ……絶対に。だって……」


 目の前の光景がかすむほどの涙を流しつつ、結子はみどりの方に向き直る。


「だって、みどりのことが好きだから!」


 ――雷鳴のような叫び。溢れ出る涙を隠そうともせず、真っすぐにみどりを見つめる。霞んだ視界の中でも、みどりの顔だけははっきりと見えた。


「ゆい、こ……。そんな、そんな……」


 同じことがみどりにも起こりだした。もらい涙ではない。みどり自身の心の底から湧きあがってきた涙が、眼尻に溜まって流れ落ちた。


「どうして!? 私、あんなに酷いことやって来たんだよ!? 結子にだって、ずっと、酷いこと……」


「そんなことないよ!」


「私、あの時、結子に謝ってもいないのに……」


 二年前の、試合での敗北の時だ。


「結子は、一生懸命に投げてくれたのに、私、取り乱して」


「もういいよ! みどり!」


「会わなければよかった、なんて酷いことを」


「みどり!」


 無意識に、結子の左手がみどりの背中に回る。右手はみどりの後頭部に触れ、そのまま自分の体へ押し付けた。


「もう、自分を責めないでよ」


「……」


「私だって、酷いよ。ずっと一緒にいたのに、みどりが苦しんでいたことに気付けなくて……」


「それは結子のせいじゃないよ」


 結子の体に顔をうずめたまま、みどりは言い返す。


「私が、ずっと隠してたんだから。私の父さんが組の人間だって結子にバレたら、嫌われるんじゃないかと思って……」


 一旦は収まりかけた涙が、再び溢れる。


「結子は、私の親友だもん……。一緒にソフトして、笑って、とても、大好きだったから……。嫌われたくなかったの」


「嫌わないよ」


 みどりを抱きしめる力が、ますます強くなる。


「嫌いになるわけないでしょ? みどりは、何も悪くないんだから」


 ――何も悪くない。もしかしたら、それが最もみどりの望んでいた言葉かもしれない。


「組に復讐なんかしたら、みどり、ますます遠い存在になっちゃうじゃない……。そんなの、絶対にイヤ……」


「イヤ……?」


「絶対にイヤ! みどりと無関係になんかなりたくない!」


 涙に濡れ、頬の痛みは温かく癒された。


 二人の間の亀裂も、涙と共に流れて消えた――。




「フザケるな! 認められるかッ! そんな事が!」


 同時刻、バーのテーブルで字一は叫んだ。それは、元彦の要求に対してであった。


「貴様……今更俺に情けをかけて、償いをしたつもりか!?」


「黙りなさい。字一君。君に決定権はない」


 風三が制しようとするが、字一は聞かない。


「光助を解放して残った500万で、俺をカタギに戻せ……だと!?」


「ああ。そうだ」


 元彦は断言する。


「そんなに俺の苦労を踏みにじりたいのか! 俺は、この組でのし上がるために今まで……」


「黙れっ!」


 叫ぶと同時に九断が動いた。字一の持っていたドスを取り返し、鞘にはめたまま字一のノドを突いたのだ。


「グァ……ガッ」


「どっちみち、君の野望は潰えたのだ。今日、ここで敗北した瞬間にな」


 ドスを突き付けたまま九断が言う。


「当然、敗者には罰が下る。それを免除するために500万を使え、というのだな」


「はい。それだけでなく、カタギとして生きていけるように就職先を……」


「もっ、元、彦ぉぉ……!」


 字一はのどを押さえられながらも、必死に声を絞り出す。


「そん、なに、俺を追放したい……か! 自分の、身を、守るために! グゥッ……!」


 さらに強く、ドスが押された。


「君に選択肢はない。決めるのは彼らだ」


 九断が視線を向けたのは、直人である。


「僕が……」


「そう。勝負に勝って金を稼いだのは君だ。この金の使い道は君の判断で決定する」


「直人」


 元彦が静かに声をかける。


(光助の言うとおり、組の世界は決して良いものではない。俺は、彼にカタギとしての幸福を取り戻してほしいんだ)


 言葉には出さず、視線で訴える。


「坊主。……お前ん任せるわ」


 光助もそう言った。丈二も、和仁も、直人に決断を委ねていた。


 全員の視線が募る中、直人は決断した。

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