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第七十話・想いの闘い

 カジノビルでの闘いが終焉を迎えようとしていた頃、女の闘いにもまた変化が現れ出していた。


「みどり。ここで、何をしているの?」


「……」


「昨日……いや、一昨日から、誰も来ないその部屋で、いったい何をしているの?」


 当然だが返事はない。しかし、いつも聞こえていた、あの物を引っかき回すような音が聞こえてこない。


「ねぇ、聞いて。今日はあなたに伝えなくちゃならないことがあるの」


 結子は話題を切り換えた。みどりは一切返事を返さないが、それでも結子の話を聞いている、という実感はあった。


「今、私の仲間とあなたのお兄さんが闘っている」


「――ッ!」


 声はないが、かすかに動揺したような空気が感じられる。


「昨日は私達の負けだったけど、今日は違う。おそらく……ううん、必ず、あなたのお兄さんは負けるわ」


(……ウソ。お兄ちゃんが負けるはずがない)


 当然、みどりは字一の偏才を知っている。その偏才を十分に活かせるあのゲームで、字一が負けるはずがないと確信しているのだ。


「私達はあなたのお兄さんの偏才を見抜いて、それを越える作戦を立てた。だから勝てる」


 さらに結子は話す。


「みどり。あなたのお兄さんの偏才は……自分の求めているものを選び当てること、でしょう?」


「……」


 図星だった。だが、みどりはそれ以上動揺しないよう、必死に心を落ち着けていた。


(偏才がバレたからって、お兄ちゃんが負けるはずがない。そう、絶対に負けない。だって……)


 床に座ったままみどりは顔を上げる。


 ――脳裏に浮かぶのは、このアジトで過ごした二年間。父が「処分」され、兄は復讐を誓った。母は父の死と同時に家を捨て、みどり自身も暗い絶望を味わったが、兄の不断の努力が立ち直らせてくれた。


『汚れるのは俺だけでいい。みどり、お前は組の人間と関わらず、普通の女の子として生きてほしい。俺はそれだけが希望なんだ』


 進学をあきらめて働きだした兄にそう言われて、みどりは一度復讐心を捨てた。そして以前にも増してソフトボールに熱中するようになったのだ。


『お兄ちゃん。私、今度の試合から一軍の補欠で出してもらえるって』


『おお、スゴいじゃないか』


 二人きりの食事。みどりとの会話だけが字一の支えだった。


『お前の才能が認められたんだな』


『努力も、だよ』


『ああ、そうだな』


 あの頃はまだ、笑えていた。


 字一は組に睨まれた存在故にまともな職にもつけず、低賃金の労働でどうにか家計をやりくりしていた。その一方で、雲隠れした元彦を探すためにハッキングの技術を磨いた。みどりは毎晩遅くまでパソコンと向き合う兄の姿に心を痛めながらも、兄の支えとなれるよう、明るく振舞っていた。


『明日が試合だったっけ?』


『うん。私と結子がスタメン。もしこの試合で勝ったら、次からもスタメンで出してもらえるって』


『そうか。それじゃ、何としても勝たなくちゃな』


『うん!』


 ソフトがみどりを支え、みどりが字一を支える。そんな日々が続いていた。


 そして――。


『――り! みどり! バックホームッ!』


 たった一度の敗北が、みどりの中に眠っていた絶望を揺り起してしまった。


(絶対に勝つって、監督にも、チームメートにも、お兄ちゃんにも約束したのに……?)


『ごめん。私、打たれちゃった……』


 結子がそう言った。決して軽い口調ではなかったが、みどりは許せなかった。


『アンタなんかに会わなければよかったッ!』


 その一言が全てを終わらせた。青春、友情、ありふれた日常。希望は潰えた。もはや明石兄妹に残された希望は、復讐しかなくなった。


「みどり。あなたのお兄さんは、今日敗北するわ」


 結子の声が耳に届いたとき、みどりは遂に自ら課した禁を破った。


「うるさいっ! 黙っててよ!」


「みどり……」


 立ち上がり、ドア越しに思い切り”怒り”をぶちまける。


「どうして邪魔するの!? アンタ達は何も関係ないのに、どうして首を突っ込んでくるの!? どうして……私達を、傷つけるのよ……!」


「関係あるからだよ!」


 結子もドアに手をつき、声を飛ばす。一枚のドアを隔てて、互いに想いをぶつけ合った。


「私は、みどりと無関係なんかになりたくない! ジョーと積里君だって、光助やボスと離れ離れになりたくないの!」


「そんなの、ただの身勝手じゃない!」


「身勝手でもイヤなの! 赤の他人になるだなんて、絶対にイヤ!」


 ――痛い。結子の言葉が、みどりの胸へ鋭く突き刺さって行く。


「どうして割り切ってくれないの!? 私は、私はもう全部捨てたのに……!」


「捨ててなんかいない!」


「何が……ッ!」


「捨ててないよ、みどり。だって……ボール、受け取ってくれたでしょ……」


 ボール。あの、直人の携帯を奪われた時、結子が投げつけたボール。


「それが……それがどうしたって言うのよ!」


 みどりは叫ぶと同時に鍵を開け、ドアを壊さんばかりに解放した。


 隔てるものがなくなり、二人の視線が直にぶつかる。


「みどり!」


 パアァン……。


 湿るものを目に溜めた結子の頬に、みどりの平手が飛んだ。


「もう、何も言わないでって言ってるでしょ!?」


 感情をせき止めていたダムが、決壊した。

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