第七話・イカサマゲーム
『ポーカー』
配られた五枚のカードを一度だけ交換し、特定の組合わせ(役)をつくるゲームである。このゲームの面白いところは、一回の勝負で動く掛け金を自由に上げることが出来る、という点である。
「レイズだ。五百円上乗せする」
リーダーがチップを放り、カードを二枚交換する。
「さぁ、誰か乗ってくるか?」
自信ありげに、他のメンバーを見下す。
「こわい、こわい。ここは降りるかね」
軽くため息をつき、光助はカードを伏せる。ポーカーは、自分の手役に自信がないときは勝負をあきらめることができる。ゲームの最初に支払う参加料は失うが、勝負に行って負けるよりは被害が少なくすむ。
「一年生、どうする?」
丈二以外のメンバーは全員ドロップ(降参)し、リーダーの視線は「獲物」に固定された。必勝を確信した目で。
「そうですね……。怖いですけど」
丈二は自分のカードをじっと見つめ、宣言した。
「コール」
「よし。勝負だっ!」
二人のカードが、同時に開示された。
「スリーカードです」
「悪いな。俺は純正のフラッシュだ」
勝ち誇った笑みを浮かべ、リーダーは床上のチップを総取りする。このような展開がすでに4、5回繰り返されていた。
「強気なのはいいが、たかがスリーカードごときで突っ張るのは無謀じゃねぇか?」
「ブラフかも、と思ったんですが……」
ブラフ――。本当は弱い役なのに掛け金を上げ、相手を降参させることである。
「新入り君にハッタリかます程、俺の肝っ玉は小さくねぇっての」
ガハハ……と、豪快に笑い飛ばす。
(よく言うよ。その趣味ワリぃ金髪がまさに見かけ倒しじゃねぇか)
リーダーに気付かれぬよう、丈二は視線を光助に向ける。
(そろそろ、いいんじゃねぇか?)
(そうだな。一旦引き揚げるか)
二人の意見が合い、光助が口を開いた。
「そろそろ時間だな。おりゃもだいぶ負けがこんじょるし、お開きんすっけぇ?」
「あー? まだもう少しいいだろ」
リーダーは不服な声を上げる。もっとも、それはすぐに余裕の声に変わる。
「ま、いいか。新入り君からあんまり巻き上げちゃってもなんだしな」
「ハハハ……かなりスッっちゃいました」
丈二は力なく笑って見せる。
「じゃ、昼休みにまた開帳だ。せいぜい縁起でも担いで来な」
「はいッス」
そう言った後も、わざと丈二は立たなかった。他のメンバーが引き上げるのを待ったのだ。特に、自分のすぐ後ろに立ち、手札を覗いていた人物が去るのを。
メンバー達が扉を開けて階段を下って行った頃を見計らい、丈二もまた階段に向かった。
「わかったな? ジョー。やつらの手口が」
光助が踊り場で待っていた。
「ああ。典型的な通しだ」
運に左右されるギャンブルには必勝など存在しない。いくら気の弱い後輩を引きこんだとしても、都合よく金を巻き上げられるとは限らないはずである。しかし、イカサマを仕込めば別である。
「わざわざ扉を開けっぱなしにして、あとからコッソリ来たやつが俺の手札を覗いていた。ポーカーは相手の手札が読めれば、まず負けることはない」
「通しは素人でもそこそこ出来るからな。サマ使って巻き上げるにゃあ持ってこいやろ」
通しとは、複数の人間が協力して行うイカサマである。一人が相手の手札を覗き、その内容を仲間にサインを送って教えるのだ。
「相手の手が強ければ降りる。弱ければまっすぐに勝負する。そんなことやってれば簡単に金を稼げる」
「素人を無理やり引き込むは、バレバレなサマを使うは、おりゃがしばらく来んうちにすっかり腐れてしもうとるな」
「さっきまでの負け分と、被害者の損害分。昼休みには両方取り返してやる」
「そして、屋上の賭場も今日で終いやな」
丈二と光助は、わざと勝負に負けていたのだ。負けることによって相手の油断を誘い、イカサマの手口を見破ることが目的であった。
「そんじゃ、あとは打ち合わせ通りに頼むわ」
「おう。それじゃ」
光助と別れ、丈二は自分の教室へ向かう。時刻はホームルームが始まる直前だった。
「あ、丈二君おはよう」
教室でまっ先に丈二に声をかけてきたのは、直人だった。
「あっ、おはよう。え〜と、ツモ……?」
「積里直人」
「おお、そうだった」
「あの……それで、一つ聞きたいことがあるんだけど……」
結子は結局、『ボス』に関する直人へのフォローをしていなかった。
「昨日、丈二君と光助さんの会話で、確かにボスがどうのこうのって聞こえたんだけど」
(げっ!? 結子のやつ、まだごまかしてなかったのかよ)
「あれって、どういう意味?」
直人にしてみれば、昨日からずっと気になり続けていたことである。結子に中途半端にはぐらかされてしまい、一刻も早く答えが欲しいのだろう。
(まいったなぁ〜……。ん? そう言えばボスのことしゃべったのって、光助一人だよな? 俺は一言もそんなこと言ってないよな?)
しばらく考え込み、丈二もまた結子と同じような結論に至った。
「光助に聞いてくれ。俺もあんまり知らねぇから」
直人は、またもおあずけを喰らう形となった。