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第六十六話・流れの支配者

 一般に、ギャンブルには『流れ』があると言われている。単純な計算や理屈だけでは説明しきれない、奇妙な現象のことをそう呼んでいるのだ。


 例えば、ルーレットで赤が出る確率は二分の一。黒の出る確率も二分の一だ。単純に考えれば、赤と黒の目は同じ確率で出る。十回やれば五回は赤が出る、と考えてよい。しかし、時には十回中8回、赤が出ることもある。逆に黒ばかりが連続で出ることもある。百回、千回と繰り返せば最終的にほぼ五割になるのだが、十回程度では必ずどちらかに偏りが出る。


 その偏り――赤が出やすい、といった状況を『赤の流れ』と言う。プロのギャンブラーはこの『流れ』を読み、次に出る目を予想するのだ。『流れが来る』とは、自分に都合のいいように偏りが生じること――『運がいい』『ツイている』などと同じ意味合いである。丈二の偏才は、トランプ・ゲームに関する『流れ』を自分に引き寄せることだった。


 そして以前字一が述べたように、『流れ』は変わる。強気に出るべき場面で弱腰になったり、つまらないミスで大損してしまったりすると、この『流れ』は自分の元を離れて敵の方へ行ってしまう。


 『流れ』を失ったものは大敗する。昨晩は丈二がそうなった。現在は、字一がその状態に……なりつつあった。


(あんな……あんな下らない見落としを……この俺が……)


 字一は、三回戦での失態を心の中で引きずっていた。思考を目の前の勝負に切り替えようとしても、苦渋がつきまとって離れない。まるで呪いのように、思考は同じところをぐるぐると回るだけであった。


「僕の合計は50です」


 直人がそう言うのを聞いて、字一は四回戦が終了していることに気付いた。ほとんど惰性でカードをめくっていたらしい。


「……36だ」


 最後のカードは5。14かける5、で70万が直人のものになった。現時点での直人の資金は最初の100万も合わせて311万となった。


「これで、残りのノルマは1689万ですね」


 直人が確認してくるが、字一は答えない。


(コケにされている……この俺が、何の偏才も持たない小僧に負けている……。こんな、こんな屈辱は初めて……ではない。あの時以来だ)


 字一の脳裏に浮かんだのは、二年前のあの事件だった。下っ端としての不満から酒に溺れ、凶行に及んだ父。その父を容赦なく裁き、重圧から逃げて雲隠れした元彦。せめて妹のみどりだけは健やかなカタギの人間として生きてほしかったが、そのみどりもソフトをやめた。何もできない無力さを嘆き、復讐を誓ったあの感情が、再び字一によみがえりつつあった。


(許さん。俺達の人生を地に落とした元彦、そして元彦の手先となった奴ら。今度はお前たちが苦渋を味わう番だ)


 怒りが、字一を支配し始めた。


(鳴峰の組員となることには成功した。ここから幹部へと這い上がり、組の実権を握る。そして奴らは俺の下で働くことになるのだ!)


 そのつもりだった。そのためにハッキングの技術を身に付け、荒っぽい戦いの出来る俊を仲間にした。俊の犬をきっかけにして元彦の居場所を突き止めた時などはまさに有頂天だった。順調に回っているはずだった。このバーに来るまでは。


「五回戦だ! さっさと始めるぞ!」


 ここで負けては全てを失う。勝たねばならない。しかし、あまりに勝ちすぎては、かえって組への不信感を募らせてしまう。今はまだ新入りにすぎない字一は、少しでも組からの評価を落とすわけにはいかないのだ。


「じゃあ、いきます」


 直人が一枚目をめくる。いきなり最強のキングだ。


(キングだと? ならば、最小のエースで合計を少なくするだけだ)


 まさに狙い通り、字一はエースを引いた。


 二枚目。直人が引いたのはクィーン。


(チッ……また、残りの中では最強のカードか……ならば、2を引いて……)


 が、一旦伸びかけた手が止まった。この時点で直人のポイントは14。今引いた12を合わせれば26、字一が2を引けば28ポイントになる。


(キングとクィーンがなくなった状況で、28の先制点をひっくり返すのは難しい。残りの勝負を全勝するぐらいでなければならないが、今の流れではそう上手くいかない)


 事実、最強のカードを連続で奪われているのだ。


(仕方あるまい。この勝負も捨て、被害を最小にすることにしよう)


 そうなると倍数は小さい方がいい。字一は3を引いた。これで直人は合計29となった。


 だが、三枚目以降はさらに字一の予想を超えていた。


「……ジャックです」


「なっ……!?」


 またも、残った中で最強のカードだ。三回連続となると偶然とは考えにくい。


(どうなっているんだ!? この異様な流れは……!? まるで立国丈二がこいつに乗り移ったかのような……)


 直人の隣に座っている、野球帽にサングラスの男を睨む。


(確かにこのゲームは、先攻が最強のカードを連続で引けば必ず勝てる。だが、そんなことは丈二のような強運がなくては不可能だ。今、丈二は全くトランプに触れていない)


 昨晩丈二と勝負をした時は、先に他のギャンブルをさせることで運を消費させ、さらに頑なに守り続けることで少しずつ流れを奪ったのだ。


(今は違う。流れは奴に行ってしまっている)


 流れを奪った魔物。それは疑心暗鬼だということに字一はようやく気がついた。

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