表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/72

第六十四話・惑わせの魔物

 二回戦、ここでも字一は様子見に徹した。しかし、やはり直人の狙いは読めず、ただ無作為にカードをめくるだけの勝負となった。


 結果は8ポイント、字一の得点となった。


(……潰そうと思ったらいつでも潰せる。だが、コイツの策を看破できないまま終わるのは癪だ)


 三回戦を始める前に、ディーラー役の男がテーブルからカードを回収する。そしてカードをシャッフルしようとした時、男の背後から手が伸びてきた。


「こっちを使っては?」


 やや小柄で、髭を生やしたサラリーマン風の男だ。その手に、トランプのカード――エースからキングまでの十三枚があった。どうやらゲームに使用せず、隣のテーブルに置いていたあまりのカード束から持って来たらしい。


「ゲームが終わるたびにシャッフルしては時間のロスでしょう。二組を交互に使ってはどうです」


 やけに陰気な声でそう言い、中年男にカードを渡す。


 それらの出来事は、字一の視界に入ってはいた。が、字一の意識はそんなところには向いていなかった。


「それでは、三回戦のカードを配ります」


 中年男が、手渡されたカードを並べ始める。先ほどと同じく、几帳面にニ列に並べている。


「僕が先攻ですね」


 直人は座ったまま腕を組み、またもや長い時間をかけてカードを睨みつける。


(……奴がカードに触れるのは、自分の番が来て一枚表返すときだけだ。今までの二回戦を見る限り、コイツが新たにガンをつけたり袖の下から別のカードを出したりはしていない)


「10です」


 直人の選択したカードは10。やや強い方の数字だ。


(少し、試してみるか)


 字一は、この三回戦でようやく己の偏才を発揮することに決めた。深く呼吸をし、カードの絵柄をじっと見つめる。ちょうど、直人がやっていたのと同じような格好だ。


(10よりも強いのは……このあたりか)


 ニ列に並んだカードのうち、字一から見て奥の側にある列の一番壁際を選択する。


「……ジャックだ。合計21ポイント」


 まずは字一の先制となった。21は比較的大きな勝ち方である。


「二枚目。……エースです」


(エース? 最弱のカードじゃないか。わざとこれを選んだのか、それともただの偶然なのか……)


 字一も二枚目をめくる。3だった。これでさらに4ポイント追加。字一の累計得点は25となった。


「三枚目です」


 相変わらず直人は時間をかけて選択する。その様子を見て、ふと、字一は思いついた。


(コイツ……時間稼ぎが目的か? 何かを待っているのか? 誰か……誰かがここに来ることで、自分が有利になるのか……。待てよ、もしかして!)


 冷たい汗が字一の背中を流れる。


(本部から直接、元彦と光助を奪還するつもりかもしれない。平崎結子、あの女がいる。……だが、そんなことが出来るのならとっくにやっている。直接本部に乗りこめないからこそ、コイツらは俺に勝負を挑んでいるんだ。そう、そうに決まっている……)


 少しでも疑いの心を持つと、どんなに理屈をつけても心の底で納得できない。疑心暗鬼はギャンブルに巣食う魔物だ。


「2、です」


 またも弱い数字だ。


(クソ、疑うのは一時中断だ。まずは目の前の敵……直人を完全に潰す)


 もはや気にくわないなどと言ってられない。出来るだけ早く直人の資金を奪うことにした。


(相手が2だと、キングを引いてもポイントが少なすぎる。ここは小さな数で勝つのがいいだろう)


 字一の引いたカードは4。これで累計は31。


(向こうがクィーンを引いたらキングで潰す。いや、それともキングは倍数に使った方がいいか……)


 が、その思考がそもそも間違いであることに字一は気付いていなかった。


 四枚目、直人が引いたのは8。


(8か。仕方ない、クィーンかキングを……待てよ。上手く勝ちすぎている)


 一度は覆い隠した疑心が、再び湧き上がってくる。なぜか。直人がかすかに笑みを浮かべているからだ。


(何だ、その笑いは……)


 と、その時。ギャラリー達の話し合う声が字一の耳に飛び込んできた。


 ――さっきから、こっちばっかり勝つな。――イカサマでもしてるんじゃあないか?


(……なるほど、そういうことか)


 わざわざ人の多い所で勝負をした理由。例え本当にイカサマをしていなくても、一方的な勝負展開になってしまっては疑われてしまう。


(イカサマの確証がなくとも、疑いを持たれるだけで組の威信に関わってしまう。俺の圧勝を封じるための作戦、と言ったところだろう)


 心の中で失笑する。その程度か――と。


(ま、確かにあまり圧勝しすぎるのはマズいようだな。ここは……)


 カードを見つめ、一枚を選択する。


「7、だ。そっちの15ポイントだな」


 わざと負け、イカサマの疑いを薄くする策に出た。


 続く五枚目。直人は6、字一は5を引いて直人の11ポイントとなった。


(この程度負けてやれば、次は大きく勝っても…………。あ?)


 ようやく気付いた。


(しまった……! コイツ、低いカードばかり出すから失念していた!)


 6枚目、直人が引いたカードは……13。キングであった。


(そうだ。コイツがキングを引くこともある……。こんな当たり前なことすら気付けていなかった……。クソッ、完全に空回りしている)


 残ったカードはクィーンか8。どちらを引いても負けが確定する。


 静かに、反撃は開始していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ