第六十三話・明石字一攻略作戦
「先公とかに見つかると面倒だな」
そう言って丈二はサングラスをかけた。野球帽をかぶっていることからも考えると変装しているつもりらしいが、学生服のままでは意味がないと思われる。
しかし、字一はそこまで気が回っていない。目の前に座っている直人の策を読むことに集中していた。
(……俺を先攻にさせるのは失敗したぞ。さぁ、これからどうするつもりだ? もっとも、もし仮に俺が先攻になったとしてもそれなりに別の戦法があったんだがな)
もしかしたら、勝負の取り消しを頼んでくるかもしれない。字一はそう思った。同時に、その頼みは絶対に受け入れないことも心の中で決めていた。
だが、直人は言った。
「わかりました。僕が先攻ですね」
何事もなかったかのような、ごく普通の声色だ。
「念のためにレートを確認してもいいですか? 1ポイントが一万円。二千万分勝てば僕たちの要求を聞いてくれる、ですよね」
「あ、ああ……」
逆に字一の方が困惑してしまっている。
(本当に策があるのか? それともただヤケになっているだけなのか? わからない……)
こんな時、元彦ならすぐに見破れるだろう――。
一瞬、脳裏に浮かんだ考えを否定する為か、字一は語気を強める。
「……一回戦を開始する。カードを並べてください」
「ああ」
ディーラー役をかってくれた中年男がカードを並べ始める。ゲームの性質上きれいに並べる必要はないのだが、この男は几帳面な性格らしく、6枚、7枚のニ列に並べた。先攻の直人の方が7枚だ。
「それじゃあ……始めます」
「頑張れよ、直人。俺はちょっとトイレ行ってくるから」
サングラスをかけたまま、丈二が席を立った。その行為がますます字一を惑わせる。
(いったいどういうことだ? 少し負けただけで資金が尽きるんだぞ。金がなくなったらどうなるかもわかっているんだろうな!? まさか、本当に指を落とすはずがないとタカをくくってやがるのかッ!?)
あまりにも敵の行動が不審過ぎる。当の直人は、並べられたカードをじっと見つめていた。
「何をしている。さっさと一枚めくれ」
「ええ、わかってます。でもここは慎重に行かないと……大事な勝負ですから」
目を凝らし、カードの絵柄を観察している。
(ガンを探しているのか。何回無駄だと言わせるつもりなんだ)
このカードはカジノから持ってきたものである。当然、字一はこのカードに印などつけていない。あくまでも己の偏才のみで勝っていたのだ。
そのまま五分も経っただろうか。ようやく直人は一枚を選択した。
「これにします」
めくったカードは……7だった。特別強くもなく、弱くもない。長い時間をかけた割には特徴の無い数字である。
(最初からこれを引きたかったのか? だが、なぜこんな半端な数字を……)
いくら考えても、直人の狙いがわからない。圧倒的に優位なのは自分のはずなのに、なぜだが追い込まれている。
(……いや、もう考えるな。とりあえずは様子見だ)
字一はほとんど時間をかけず、ランダムに一枚をめくる。相手の正確な狙いがわからない以上、自分の偏才を披露することは避けたかったのだ。
「5だ。そっちの12ポイント先制だな」
まずは静かな出だしとなった。
二枚目の選択。直人は、さらに時間をかけてカードを見つめ続けた。
一方その頃、結子もまたリベンジを果たそうとしていた。闘いの場は明石兄妹と俊のアジトだ。昨日と全く同じ状況で、結子は立ち尽くしている。
(積里君、大丈夫かな)
直人の『作戦』は結子も知っている。目の粗く不完全な作戦だと知っているばかりに、かえって心配になってしまう。
だが、その心配ばかりしているわけにもいかない。自分自身も難解な事態に面しているのだ。
相変わらず部屋の中ではみどりが物音を立てている。どちらも無言のまま、静かに時間が流れて行った。
「10です」
「……キングだ」
直人の合計点は39、字一は50だった。差は11。
「一回戦は俺の勝ちだが……」
字一の長い指が最後の一枚をめくる。2だった。
「金額は22万。これでお前の所持金の5分の一が飛んだぞ」
このゲームにしては小さな額になったが、直人の軍資金は100万しかないのだ。十分な痛手である。しかし――。
「そうですね。それじゃあ二回戦にいきましょうか」
直人はまだ落ち着き払っている。初めは見せていた緊張の色も、ほとんど消えかけている。
(一回戦では特に何も不審な点は見つからなかった。ただ、妙に時間がかかったが……それだけだ)
直人がカードにガンをつけていた様子もなかった。
「では、二回戦のカードを並べます」
中年男がカードをシャッフルし、テーブルに並べ出す。いつの間にか、直人の周りには数人のギャラリーが集まっていた。この店でのギャンブル自体は珍しくないが、直人の学生服が目立っているのだろう。
「……ああ、二回戦を始めよう」
字一は額の汗をさりげなく拭いつつ、グラスを傾けた。グラス越しに、野球帽にサングラスをかけた男がやってくるのが見える。
(立国丈二。昨日、もっとアイツを追い込んでいればよかった……)
丈二が、ギャラリーをかきわけてテーブルに近付いた。