第六話・屋上ギャンブル
「おーっす、ジョー」
「おう、おはよう」
クラスメートに校門で声をかけられ、立国丈二はごく自然にあいさつを返す。
丈二は直人たちよりも10分程早く学校に来ていた。しかし、学校へ着いた彼が向かった先は自分の教室ではなく、屋上へと続く階段であった。
「お前が新入りか?」
階段の踊り場に、先客がいた。いかにも強面の屈強な体格をした三年だ。
「ええ。光助さんからの紹介で、ジョーって呼ばれてます」
疑り深い目つきにも丈二は怯まず、笑ってさえ見せる。
「……よし。入りな」
強面の男は、屋上への扉を開けて丈二を招く。
(入るんじゃなくて、出るってのが正しいんじゃねぇか?)
そう思いつつ、丈二は屋上へ出る。そこにもまた先客がいた。
「おう、来たか」
強面と丈二を合わせて、屋上にいるのは五人。先客の中には、九断光助もいた。
「そんじゃあ早速始めっかね。時間もあんましねぇこっちゃし」
光助の声で、五人が輪になって座り込んだ。
ニヤニヤと笑みを浮かべる者。新入りの見定めをしようとする者。そんな者たちに挟まれ、丈二はただ押し黙っていた。己の任務を全うするために。
丈二が任務を言い渡されたのは、昨日の夜、直人が図書館から帰宅して丈二たち三人も帰り支度をしていた時である。
『……って、ボスのことしゃべったのあんたたちだよねぇ……』
呆れたように結子が言い、先に部屋をを出て行った。
『ツモリ……か。結子の知り合いなんだから、ボスのことごまかすのはアイツに任せていいよな?』
『そうすっとがよかろう。あん坊主も、おりゃらより結子に話しかけられた方が嬉しいやろ』
などと、無責任なことを話していた時――。
備え付けの電話が鳴った。彼らにとって、特別な人物からの電話がかかってきたのだ。
『ボスからだ!』
『仕事け?』
丈二は急いで電話に出る。相手を確認する必要はない。この電話の番号を知っているのは、『ボス』一人しかいないのだから。
『もしもし、丈二です』
『ジョーか……。丁度いい。お前に仕事だ』
ボスと呼ばれた男の声は、どちらかといえば若い。しかし、その声からは一切感情が読み取れない、無機質な声質である。
『光助に聞けばわかると思うが、お前達の学校では生徒間でギャンブルが行われている』
『ギャンブル……?』
受話器を持ったまま光助の方を振り返る。話が聞こえていたらしい光助は、無言でうなずいた。
『動いている額は小さく、あくまで仲間内だけの他愛もない遊びだ。だが、それも先月までだった』
そこまで聞いた光助は、驚いて目を丸くする。
『そのギャンブルに参加しているメンバーの一人が、後輩を無理やりゲームに引き込んで金を巻き上げたのだ』
『……初耳だ』
光助は小さくつぶやいた。光助自身、何度かそのギャンブルに参加したことはあったが、今ボスが話したことは初めて聞いた。そのメンバー間の取り決めでは、自らの意思で参加を希望したもののみを、ゲームに入れてもよいという事にしていたのだ。
『巻き上げた額も大金ではないが、その被害者はこれからもゲームを強制させられるのではないかとひどく怯えている。これは問題だ』
『そこで、俺の出番ですか』
『そうだ。光助と組んで、そのギャンブル・チームに参加しろ。そして二度とそいつらが博打を打てないようにしてやれ』
『了解です』
具体的な方法は、ボスに言われずともわかっている。丈二に出来ることは一つしかないからだ。
「光助、お前が参加するのは久しぶりだな」
今回のターゲット・ギャンブルチームのリーダーがそう言った。見る者を威嚇する派手な金髪。卑しい笑みを浮かべる口元からのぞく黄色い歯。典型的な不良気取りのチンピラだ。
「そうやねぇ。ここんとこ大人しくしとったな」
「久々に来たと思ったら、新入りまで連れて来てくれてよ。いい手土産だぜ」
「そら、どうも」
話しながらも、光助は視線で丈二に合図を送る。
(おそらくコイツが犯人だ。もっとも、指令は二度と博打が開かれぬようにすること。いいな?)
(ああ)
丈二も視線を返す。そして、その視線はリーダーの手元に移動する。正確には、その手に持たれたトランプの束に。
「で、勝負種目は何にする? 俺は何でもいいぜ」
リーダーはカードを切りながら一同に声をかける。そして、一人一人の顔を見渡した後、その視線を丈二に固定した。
「どうだ? 新入り君。なんだったらお前の一番好きなゲームでいいぜ?」
再び、ニヤリと笑って見せる。おそらくタバコも吸っているのだろう。ヤニの匂いがその口元から漂っている。
「……そうですね」
あくまでも表面上は謙虚に、しかし、内心は冷酷な仕事人となって丈二は口を開く。
「ポーカーなら、得意ですけど」
その頃の直人と結子。
「あ、そう言えば昨日、ボスがどうとかって話してるのが聞こえたんだけど……」
「え? なにそれ聞き間違いじゃない? 教室でジョーに尋ねてみたら?」
面倒はごめん、とばかりに丈二に押し付けようとする。
「丈二君に?」
「そ。ついでにあいつの偏才も教えてもらえばいいじゃん。あいつ、この時間にはもう学校に来てるはずだから」
その丈二が屋上にいることを、結子は知らなかった。