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第五十九話・分析

 虫の鳴く声がする。体が宙に浮いているような、地に伏せているような、奇妙な感覚の中で丈二は目を覚ました。


「ん……」


「あ、起きた? 丈二君」


 目の前に直人の顔があった。その後ろに、満天の星空が見える。


「あれ? 俺、どうしたんだ……?」


 確か、さっきまで字一と勝負をしていたはずである。思い通りに進まぬ展開、そして突然の逆転――そこから先は覚えていない。


「気絶したんだよ。それで、ここまで運んで来たんだ」


 二人がいるのは、カジノハウスのあるビルの裏手だった。


「気絶……? うっ!?」


 のどの奥から、酸味と苦味の混じったものが込み上げてくる。同時に、自分の口元に異様な臭いが漂っていることに気付いた。


「落ち着いて! まだ吐き気が……」


「吐き気……」


 その言葉で、唐突に思い出した。数分前、自分の身に起こったことを。


『さて、続行するか。お前の番だぞ』


 一気に逆転を成し遂げた字一は、笑みを浮かべながら言った。


『早くしろよ。十三回戦の始まりだぞ』


『ま、待って!』


 たまらず、直人が叫んだ。


『せっ、先攻と後攻を入れ替えよう……入れ替えてください!』


『……ほう?』


 このままではいけない。少しでも『流れ』を変えようとする精一杯の努力だった。しかし……。


『もう遅いな』


 楽しむように字一は言った。その視線を追ってテーブルを見ると、丈二はすでにカードを表にしていた。6、だった。


『丈二君!』


『フフ。ずいぶんと強運が細ってきたようだな』


『……』


 丈二は言い返さない。いや、何も言い返せない状態だった。


『フフ。さぁて、ここでもう一度デカい勝ちを出せば、お前の所持金はマイナスに喰い込むな』


『ッ……!』


『おっと、8だ』


 もはや義務的に丈二はカードをめくり、負け続けた。一枚めくるごとに絶望が吐き気を伴って込み上げてくる。坂を転げ落ちるように近づいてくる破滅の時。結局、十三回戦の結果は丈二のマイナス280となった。


『フッ。残り20、正確には26万だな』


『26……』


 500の資金が、一瞬にして溶けた。


『忘れてはないだろうな。ここでのマイナスは、そのままお前の家族の負債額となることを。もっとも、重大なのはカタギとしての生命だろうがな。組に睨まれたとなるとカタギの世界では満足に生きられない』


『う……うぅ……』


 不快な汗が全身から吹き出す。目の前の現実を否定したいがためか、徐々に視界が薄れていく。


『さて、十四回戦を始めようか!』


 自分には負いきれない責任と重圧。思い通りにならぬ展開。圧倒的な『負』の感覚は丈二の肉体を内側から攻め、ついに『覚悟』を上回った。


『丈二君!』


 直人が叫ぶと同時に、丈二の体はイスごと後ろへ倒れた。口の端から、胃液がゆるやかに流れ出ている。


『……おやおや。たった二人で組に勝負を挑んできたからもんだから、もっと骨のある奴だと思っていたが……。やはり、ただのガキだったな』


 衝撃で散らばったカードを拾いつつ、字一は隠そうともせずに笑った。強圧なプレッシャーで気絶した丈二を見下ろし、高らかに勝利を宣言する。


『立国丈二、陥落。ま、最終的に負債を抱えずに済んだだけマシだったな』


(丈二君が……こんなに……)


 直人は慌てて丈二に駆け寄り、白目をむいた頭を抱き上げた。


『これだけやっておけば十分だろう。積里直人。そいつを連れてさっさと出て行くんだな』


 背中側だけ北極の海に濡らされたような寒気が直人を襲う。しかし、それと同時に、熱いものが胸の内に湧き上がってきていた。


(許さない)


 直人は字一の顔を睨みつける。これまで丈二や結子の後について行くだけだった直人が、はっきりと敵意と怒りをむき出しにしていた。


(……虚勢だ。コイツには何もできない)


 字一の目には嘲りが浮かんでいる。


『それじゃあな』


 二人に背を向け、奥の部屋へと去って行く。その後ろ姿を、直人はじっと睨み続けていた。





「……カッコ悪いとこ見せたな」


 ようやく吐き気の収まった丈二が力なく笑う。


「負けた。完全に、翻弄されちまった……」


 ガックリと頭を落とし、うなだれる。そんな丈二とは逆に直人の目には光が宿り始めていた。


「丈二君。ちょっと、思ったんだけど」


「あ?」


「字一さんは、どうやって丈二君から流れを奪ったんだろう」


 真剣な顔つきで、脳を回転させる。


「勝っているのに儲けがない。そういった状況が流れを失くすってことはわかる。でも、どうやって儲けを少なくさせたのか……」


「直人?」


「たぶん、それが字一さんの偏才に関係あるんだと思う」


「なに……!?」


「あのサーティーンっていうゲームを選んだ理由も、偏才に関係していると思う。他のゲームにはないサーティーン独特のルールが、字一さんの偏才を活かすのに適しているんだ」


 人の心は不思議なもので、今まで冷静だった人間が取り乱すと代わりに他の人間が冷静になる傾向がある。光助から丈二へ、丈二から直人へと、それが行われたらしい。


「考えるんだ。サーティーンの特徴と、さっきのゲームの内容から字一さんの偏才を看破しよう!」


「直人……」


 夜の街中で、丈二の目には、直人の背中がほんの少しだけ大きく見えた。

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