第五十八話・崩壊する強運
丈二と字一の勝負は、ほんのわずかながら、丈二の方が勝っている。しかし、傍で見ている直人でさえ理解できる程、圧倒されているのは丈二の方だ。
「……6だ!」
「8」
初めのうちは、一回で30、40近く稼げていた。だが、回を重ねるごとに点数の差は縮まり、今では一回の勝負で20を越えることも少なくなった。
「それじゃあ精算だ。俺は41」
「クソッ! 48だよ!」
勝ったはずの丈二が腹立たしげにテーブルを殴りつけ、最後の一枚を乱暴にめくる。
「……最後は2、か。7の2倍は14だな」
「た、たったの14万……」
交互にカードをめくりあうだけの単純なゲームが、すでに十回繰り返されていた。しかし、この時点で、丈二の儲けはまだ300万にも達していない。
「さぁ、十一回戦を始めようか」
トランプを全て裏返し、かきまぜる。字一もカードの扱いには長けているらしく、目で追うだけだはどのカードがどこにあるのか、看破するのは難しい。
「キング」
「……2、だ」
このゲームは、自分と相手のめくったカードの合計が自分の得点となる。せっかく自分が強いカードを引いても、相手が1や2といった小さな数字を引いては合計点数が少なくなってしまう。それが、丈二の儲けを少なくしている原因だった。
このゲームでの理想的な勝ち方は、相手のカードより一つだけ強いカードを引くことである。
「ジャック」
「……フフ、クィーンだ」
これで23ポイント、字一の得点となる。最終的には丈二の方が上回るものの、極わずかな差にしかならない。
結局、十一回戦でも、丈二の得た金額は24万だった。
(ちくしょう、ちくしょう〜……)
(丈二君の、あんなに苦しそうな顔、初めて見た……)
「フフ。相当イラついているな、立国丈二」
一旦手を休め、字一が語りかけてくる。
「『サーティーン』に限らず、あらゆるギャンブルには『流れ』というものが存在する。今、お前は急速に流れを失いつつあるんだ」
「あ……?」
「お前がこの店でやったギャンブルの様子を見ていると、大体、お前の偏才の正体がわかってきた」
声に低い笑いを忍ばせつつ、字一は淡々と話す。
「お前の偏才は、いわゆる一種の強運だろう」
「……」
「例えば、車を運転していて、赤信号に引っかかることの少ない奴。あるいは、大して勉強していなくとも、山カンだけで試験を乗り切れる奴。そういった強運の持ち主もまた、ある意味では才能だと言えよう。お前の偏才はそういうタイプだ」
冷静に話す字一に対し、丈二の体温は高まるばかりである。生まれて初めて体験する、『支配』の恐怖が鼓動を激しくさせていた。
「強運ゆえに、勝負には勝つ。素人相手ならまず負けはないだろう。しかしだ」
字一は、わざとゆっくり時間をかけてしゃべる。
「どんなに強運の持ち主だろうと、百パーセントの勝利など不可能だ。ただ、勝利する確立が凡夫より高いというだけなのだ」
正論と言えば正論だ。事実、丈二は全てのギャンブルに勝っているわけではない、時には負けることもあるからこそ、先ほどのカジノでも最初から大勝負をしなかったのだ。
「そして、強運は時間がたてばたつほど弱まって行く。勝負する回数が増えるほど敗北も増える。ゲームを左右する『流れ』とは、常に移動しているものだ」
「うる……せぇ」
「初めはお前の方に傾いていた『流れ』も、中々勝てずに時間が過ぎて行けば徐々に俺の方へ傾いてくる。非科学的かもしれないが、ギャンブルとはそういうものだ」
「うるせぇんだよ!」
丈二が叫び、強引に言葉を遮る。
「流れがなんだってんだ! 小額でも、俺は勝ってるんだ!」
カードを裏返してまぜ、十二回戦を開始した。まず一枚選び表に返す。すると、自分の表返したカードを見てショックを受けた。
「あ……?」
「フフ。9だな」
これまで、丈二は先攻で必ずジャック以上のカードを引いていた。それが、今回は9である。
「次は俺だな……」
字一がめくる。12だ。
「これで21、先制したぞ」
先制――。字一に先に点をとられたのも、今回が初めてである。
(ウソだろ……?)
汗まみれの手でカードをめくる。が、またしてもカードは丈二を裏切った。
「さ、3だ」
「……4。合計7だ」
(ウソだ、何かの間違いだろ?)
どんなに頭の中で否定しても、現実は非情であった。
そして十二回戦が終了した。
「に、20……」
「悪いな。俺は58だ」
その差は38。さらに、その倍数を決める最後のカードが――。
「……思い知れ、立国丈二。これが……『流れ』だ」
字一の白く長い指が最後の一枚をめくる。カードが表に返った瞬間、丈二は悲鳴をあげた。
「あぁッ!」
キング。13を意味する、最強のカードだ。
「13かける38。……494ポイントだ」
「よッ……!?」
直人もひきつった声をあげる。
今までの儲けがたった一回で消し飛んだ。消えたどころではない。
「お前の最初の持ち金が500。今までの勝負で稼いだのがおよそ300だったな。これで残りは300ってわけだ」
「バカな……ありえない」
丈二が半ば無意識につぶやいたのを、字一は聞き逃さない。
「ありえるのさ。ギャンブルという世界では。……ところで、忘れちゃいないだろうな? その300が溶けてマイナスになったら……」
容赦はしない。さらなる追い打ちをかけ、徹底的に丈二を追い詰める字一であった。