第五十六話・『サーティーン』
「『サーティーン』?」
「ルールそのものは単純、運試しさ。ただ単に、順番にカードをめくっていくだけだ」
字一はテーブルの上に並んでいる十三枚のカードを裏返し、神経衰弱をやる時のようにかきまぜる。
「まず初めに先攻、後攻を決める。この方法はジャンケンでも何でもいい。とりあえず、俺が先攻になったとしよう」
裏向きになったカードを一枚選び、表に返す。6のカードだった。
「まず先攻が一枚選んで表に返し、次に後攻も同じことをする」
そう言ってまた一枚めくる。今度は4だ。
「そしてめくったカードの数字で競う。今回の場合は先攻が6、後攻が4だから先攻の勝ちだ。6+4の合計、10ポイントを得ることが出来る」
表向きにした二枚のカードを自分の手元に引き寄せ、理解したか? とでも言うように丈二の顔を見る。
「なるほど。確かにシンプルだな」
「一度使ったカードは勝者の手元に移し、残った十一枚で再び同じことを繰り返す」
字一は次々とカードをめくり、勝敗に合わせてカードを移動させる。そして、最後の一枚だけが中央に残された。
「六回同じ動作を繰り返したら、その時点での合計点数の多い方が勝者となる。先攻が46、後攻が38だから先攻が8ポイント上回ったことになる」
「残った一枚はどうするんだ?」
丈二が最後の一枚を指さす。その質問を待ち受けていたのか、字一はニヤリと笑って見せた。
「その一枚が、このゲームを盛り上げるスパイスだ」
手を伸ばし、最後のカードを表にする。数字は7だった。
「勝者と敗者の差――この場合は8ポイントだが、それにこの7をかけた数が、勝者の得る最終金額となる」
「この場合は、8かける7で56か」
「その通り。今回は比較的小さな数字になったが、最後に残ったカードがキングなら一気に13倍になる。一回の勝負で最終ポイントが100を超えることも少なくない」
「……なるほど。だから『サーティーン』か」
「そう。実に単純なゲームだろう。特別な知識や経験を必要としないぶん、常に公平な勝負が出来るというわけだ」
ただ、運の強い方が勝つだけのゲーム――通常ならば、そうだった。
(ゴチャゴチャ言ってっけどよぉ〜。自分でトランプに触れるゲームなら絶対に俺は負けねぇっての。もし、向こうが確実に勝つつもりなら……)
丈二はカードを裏返し、描かれている模様をじっと見つめだした。それに気付いた字一は、声をわずかに不機嫌な色に変えた。
「ガンカードは使っていない。イカサマなんかで勝利したら、組の威信に係わるからな」
ガンとは、カードの裏に印をつけ、その印で表の絵柄がわかるように仕組むことである。
「そうかな。……念のために一つ約束してもらうぜ。カードをめくる時は、必ず腕まくりすること。袖の中に別のカードが仕組まれてるかもしれねぇからな」
「フン。疑り深い男だな。……まぁ、当然の用心なのかもしれないが」
「丈二君……」
直人は不安な表情を浮かべたままだ。しかし、丈二にとっては、仲間がいてくれるだけでも心強い。
「大丈夫だって。こんな下らねぇゲームはさっさと片付けて、二人を助けようぜ」
「フッ……。ずいぶんと大口を叩くもんだな」
「で、どれだけ勝てば二人を解放してくれるんだ?」
本題に切り込んだ。これだけは、絶対に確認しておかなければならない。
「……本来なら、組からの逃亡やその援助をした罪は決して消えない。二人はまだ若く、また偏才によって組に貢献できる点を考慮した上で今のところは謹慎という処分になっている。いづれは二人とも万年下っ端の組員になるのだがな」
「うるせぇ! 早く答えやがれ!」
「……一人につき一千万。それがアイツらの値だ。二人を救いたければ二千万勝て」
「ニ千万!?」
直人が大声をあげる。
「まだ安い方だ。罪に汚れた人間をカタギに戻す相場としては……な。それともう一つ、先に言っておかなければならないことがある」
「……何だ?」
丈二の額に、玉のような汗が浮いて流れた。
「今、お前の所持金は五百万だが……。このゲームでは、金の動きがかなり不規則だ。バカラやブラック・ジャックのように賭けた分だけ損する、というタイプのものではない。つまり、お前が二千万を稼ぐ前に、逆に五百万以上の損害を受ける可能性もあるわけだ。それこそ場合によっては、百万、二百万のな」
「……」
「もしもお前の負けが五百万を上回り、支払が不可能となった場合……」
字一は突然立ち上がり、部屋の奥へと引っ込んでいく。そして、奥の机に置いてあったファイルのようなものを手に取り、再びテーブルにつく。
「ここに、組の追い込みがかかるってわけだ」
ファイルを開き、数枚の写真を丈二に見せる。
「……ッ!」
ここまで気丈に振舞っていた丈二の背に、ゾクリと悪寒が走った。写真は、丈二の家屋、そして家族を写したものだったのだ。
「って、てめぇ……!」
「なに、ごく普通の家庭なら百万程度はどうにかなるさ。もっとも、組に睨まれた、という事実は社会的な打撃となるがな」
プレッシャー。それが字一の策の一つであった。
「レートは1ポイントを一万としたいが、どうかな? 二千万勝つためにはもっと上げた方がいいか?」
「……い、いや、一万でいい」
丈二の声から覇気が消えていた。恐怖。それが、ゆっくりと気迫を侵食していた。