第五十五話・決戦
「ショー・ダウン」
「キングのスリーカード」
「……クィーンのスリーカード。プレイヤーWIN」
ブラック・ジャックで資金を増やした丈二は、更に儲けのペースを加速されるためにポーカーの台に移っていた。
「そんじゃあ、もう一勝負」
と、丈二は言ったが、当然次の勝負で終わるつもりはない。鳴峰組の人間が出てくるまで、ひたすら稼ぎ続けるつもりだ。
「レイズ。もう二十枚」
「……コ、コールです」
このカジノでは、ブラック・ジャックには賭けられるチップ数に制限がある。しかし、ポーカーではいくらレイズをしてもいい、というルールになっている。
(スゴい、丈二君。現金にしたら五百万近く稼いでるよ)
勝ち続けて莫大な量に増えたチップは、専用のケースに入れられている。ひと箱につき百万分のチップが入るケースが、すでに五箱目に突入している。
「坊や。君、誰の紹介だ?」
客の一人が丈二に話しかけてくる。いつの間にか、丈二の周りには大勢のギャラリーが集まっていた。
「初めて見る顔だが、誰かの知り合いなのかい?」
「ええ、まぁ……」
適当に相槌を入れつつチップを張る。だが、客はなおも食いついてくる。
「誰の紹介だい? 私はここに来るほとんどの客と親しくしているが、君の話は誰からも聞いたことがないよ」
(うるさいな。このおっさん)
と、その時だった。カジノフロアの奥、招待客が入ってくるのとは逆の方向にあるドアが開き、一人の男が入ってきたのは。
「どうしてそんな事聞くんです?」
「いや、別に深い意味はないんだ。ちょっと興味を持っただけだよ」
ほとんどの客は丈二に注目しているため、男の登場には誰も気づいていない。男は無言でギャラリーの山に近付いて行く。
「個人名は出せないけど、ここの関係者だよ」
「へえ、カジノ側の?」
「……いいえ、我々です」
男がギャラリーをかき分けて丈二の後ろに立ち、言葉を挟んだ。
(? 我々……)
「ああ! ジョ、丈二君!」
直人が大声をあげ、丈二の肩をつかむ。何事かと振り返った丈二もまた、その男を見て目を丸めた。
「おいおい……いきなりド本命がかかっちまったじゃねーか」
「かかった、だと? 俺をおびき寄せたつもりか」
男――字一はかすかに笑う。
「逆だ。お前たちをおびき寄せたのはこちらの方だ。いずれ必ず、我々の管理するカジノに現れると思っていたよ」
「あ、あんたは、この間からここの用心棒になった……」
先ほど丈二に話しかけていた男が、字一を指さす。
「鳴峰組の明石字一と申します。彼らは、私が招待させていただきました」
字一は営業スマイルをつくり、周囲の客に向けて頭を下げる。
「……ちっ、俺たちの作戦なんか、とっくに読まれていたってわけか」
「そんなところだ。が、何も心配はいらない。ゲームを続行したまえ」
「あ?」
「お前達の要求はわかっている。それを無下に突っぱねることは容易いが……そうしたら、お前達は何度でも我々に挑んでくるだろう。迷惑なことだ」
「……」
「だから、ここで決着をつけようと思ってな。二度と鳴峰組に逆らわないよう、思い知らせてやるんだ。もちろんギャンブルでな」
いつの間にか、字一の手にトランプのケースが握られていた。
「ある程度……そうだな、五百万貯まったら、奥の接客室に来い。当然だが、このまま逃げることは不可能だからな」
部屋の入口に組員らしい男が待機している。
「これは幹部の方々と話し合って決めたことだ。お前達が勝てば……要求をのんでやる」
「本当か!?」
「ああ。勝てば……な」
交渉するまでもなく、相手が自ら勝負を挑んできた。しかもトランプで、だ。この上ないほど都合のいい展開――。しかし、あまりにも都合がよすぎる。
(こいつ、俺の偏才を知らねぇのか? ポーカーやバカラなら、俺に負けはないぞ)
「丈二君、何か……何か企んでるよ、絶対」
小声で直人がささやく。自分達が来ることを予想していたとなると、どんな罠が仕掛けられているかわからない。
だが、逃げ道はないのだ。
「俺は奥の部屋で待っているぞ。それじゃあな」
不敵な笑みを浮かべつつ字一は引き上げて行った。周りのギャラリー達は話についていけず、立ち尽くすのみである。
「……勝負再開だ」
「え?」
「再開だっつってんだ! ディーラー! 一枚チェンジ!」
「は、はい」
腹をくくった。どのみち、途中で逃げることは最初から考えていなかったのだ。
「レイズ、二十五!」
覚悟を決めた丈二が目標金額に達するまで、十分の時間も必要としなかった。あっという間に五つ目のケースを満たし、勢いよく席を立った。
「直人、行くぞ」
「う、うん」
勝つ。相手がどんな勝負を挑んでこようが、勝てばいいだけのことだ。接客室の扉を開け、勝負の場へと踏み込む。
「……ほう。思ったより早かったな」
「うるせぇ。一体、何のゲームをするつもりだ?」
小さなテーブルのを挟んで、二つのイスが置かれている。奥側のイスには字一が座っており、テーブルの上には数枚トランプカードが並べられていた。スペードのエースからキングまでの、十三枚だ。
「これからやるゲームはこのカジノのオリジナルギャンブルだ。名を……『サーティーン』と言う」
未知のギャンブル――。それが、一つ目の誤算だった。