第五十三話・裏カジノ潜入作戦
「俺たちみたいな一般の高校生だけじゃ、組の管理するカジノには入店できない。ああいう店は紹介状がないと入れないって聞いたことがある」
「だ、だからって、この格好は……」
直人は、どう見ても似合わないサングラスをかけたまま反論した。黒スーツにネクタイを締めたその様子は、まさにマフィア――の格好をさせられた子どもだ。
「うーん、少しサイズが大きかったかな」
「そういう問題じゃないよ!」
丈二と直人は貸衣装屋に来ていた。無論、変装してカジノに入るためだ。
「服装だけそれっぽくしてもダメじゃん!」
「大丈夫だって。他の客が店に入る時、付き人って感じでついて行けばいいんだよ。堂々とやってりゃ逆にバレねぇって」
そう言う丈二もスーツ姿になっている。こちらは身長が高いため、少しはらしく見える。
「賭場が開くのは夜になってからだな。一旦図書館に行って、作戦を考えるか。……すいませーん、この服借りま〜す!」
「じょ、丈二君……」
直人の抵抗もむなしく、丈二はさっさと支払いを済ませて出て行ってしまった。
「そもそも、カジノがどこにあるかわかるの? 裏稼業って、普通の人の目につかないところでやるんでしょ?」
「人の目にはな。ケリーに頼んで探してもらうさ」
ケリーは図書館にいた。正確には秘密部屋の窓の下、芝生の上で丸くなって眠っていた。丈二達が部屋に入って窓を開けると同時に、ケリーは目を覚まして部屋に飛び込んだ。
「よう、ケリー。ちょっと頼みたいことが……ん? なんだそれ」
ケリーは口に一枚の紙切れをくわえていた。机の上にそれを置き、前足を使って、丈二にそれを読むよう指示した。
「結子からの伝言だ」
「平崎さんからの!?」
急いで書きなぐったらしく、乱れた文字だった。
「……『みどりの所に行きます。みどりに何度拒絶されても、嫌われても、絶対にこのままで終わらせたくないから。ジョー。積里君。わがままを言ってゴメン。でも、この問題は私に任せて』……だってよ」
丈二が声に出して読み上げた。
「明石さんの所に、一人で?」
「ま、どうやら結子も立ち直ってくれたみたいだし、俺たちは俺たちの作戦に専念するか。ケリー。ちょっと探してもらいたい場所があるんだが」
「にぃ?」
またか、とでも言いたげに、ケリーは眠そうな表情をしている。おそらく、結子を明石家まで案内し、それで今日の役目は終わりだと考えていたのだろう。
「鳴峰組の仕切っている賭場――特に、トランプを使うカジノハウス。どこにあるか探してくれねぇか? あ、もしかしてすでに知っているとか?」
「にゃむ……」
返事は「ノー」らしい。
「なぁ頼むよ。コーンポタージュおごってやるからさ」
そう付け足すことでようやくケリーは承知し、窓から出て行った。
「さてと。それじゃあ具体的な作戦の打ち合わせをするか」
「う、うん。でも、僕に出来ることってあるの?」
それが気になっていた。これまでもそうだったが、ギャンブルとなると直人はからっきしの素人だ。果たして役に立つのか、足手まといになるのではないか……と、直人は心配したいた。
「まず最初に、何とかしてカジノに潜入する」
「何とかしてって。大難関をアッサリと……」
「潜入したら、とにかく派手に金を稼ぐ。バカラやポーカーといったトランプ競技ならまず負けねぇしな」
胸を張って言いきった。言葉通り、丈二は自分の偏才にゆるぎない自信を持っている。
「カジノの損害は組の損害につながる。俺たちがガンガン勝ちまくれば、そのうち鳴峰組の人間が出てくるはずだ。そこで、稼いだ金を材料にして交渉する」
「交渉して、乗ってくれるかなぁ」
「乗ってくれなきゃあ、さらに稼いで組に打撃を与えるだけだ」
穴だらけで目の粗い作戦であることは丈二もわかっている。しかし、それ以外に方法はない。
「ケリーが戻って来たら出発しようぜ。その頃には夜になってるだろ」
「ぼ、僕も行かないとダメなの……?」
「ああ。組の利益に打撃を与えるためには、十万や五十万の稼ぎじゃあダメだ。出来るだけ短時間で多く儲けるには人数が多い方がいい。二人で協力できるからな」
「きょ、協力って……つまりイカサマ……」
「は、あまりしたくないな。こっちがサマを使ったら向こうは容赦なく叩きつぶしに来る。あくまでも正当な手段で勝てば、ルールを尊重する組織に対抗できるようになる」
元彦達が捕まったばかりで、下っ端の組員達も改めて規律を重んじるようになっているだろう。都合のいい解釈かもしれないが、そう信じるしかない。
「どっちにしろ、何かあった時のためには一人より二人の方がいい」
「そ、そうだよね」
「だから頼むよ直人。敵陣に一人で乗り込むなんて精神的にプレッシャーがデカいんだよ〜。一緒に来てくれ!」
大げさに頭を下げて見せる。が。
(……光助さんに『ボス』さん。二人を助けるのに少しでも力になれるなら……)
直人の心はすでに決まっていた。手を引くという選択肢はなかった。
「行くよ。僕も、また光助さんに会いたいし」
そして一時間後、ケリーが帰ってきた。