第五十二話・切り込み
「にゃー」
舘の周りを見て回っていたケリーが戻ってくる。
「どうだった? 隠れた出入り口とかなかった?」
「にむ」
頭を横に振る。猫道を使うケリーが「ない」と言うのだから、館の出入り口は正面玄関と非常口の二か所だけで間違いないらしい。
「で、どうするよ。ここまで来たら踏み込むしかねぇよな」
「うん。でも、みどりが私たちに気付いてるとしたら……」
おそらく、結子たちに会わないように脱出するだろう。そうなってしまうと面倒だ。
「ケリー。悪いけど、ここで見張っててくれる? それで、みどりが出て行ったら、その後をつけて行ってほしいの」
「にゃ」
ケリーは素直にうなずいた。本来なら光助の言うことしか聞かないケリーだが、今はその光助を救い出すために協力してくれている。
「それじゃ、行こう」
「うん」
そして、三人は館の中へと足を踏み入れた。
中は外見同様、古く陰気な空気に満ちていた。
「ほこりくせぇ……。マジで空き家だな」
「窓がないしね。真っ暗で何も見えない」
少し迷った後、壁についていた照明のスイッチを入れた。明かりをつけようがつけまいが、どっち道自分たちの侵入はバレているだろうと判断したのだ。
階段を見つけ、三人はニ階へと向かう。誰も口をきかなかった。ただ一人の少女と話をするだけだというのに、まるで冥府にでも踏み入るような重苦しさがあたりを支配していた。
ニ階のいくつか部屋が並んでいる廊下にさしかかった時、カタン、と音が聞こえた。部屋の中からだ。
(ここに……)
ゴクリ、とツバを飲み、結子が近くのドアを開けた。
まさしく、そこにみどりはいた。梱包したてのダンボールがいくつも並び、様々な「モノ」が散乱した部屋の中央にみどりは座っていた。
「みどり」
結子が声をかける。それに合わせてみどりが立ち上がった。
「みどり。あなたと、二人だけで話がしたいの」
みどりは答えず、黙って結子たちに近付いてくる。うつむいているため、結子たちからは表情が見えない。
ついに、結子の目の前にみどりが立った。
「ねぇ……」
「結子」
小さな声で、それでもハッキリとみどりは言い放った。
「二度と話しかけないで」
「えっ?」
「まとわりつかないで」
そのまま結子の隣を通り抜け、部屋を出て行く。丈二と直人も呆気にとられ、反応ができなかった。
(――話シカケナイデ……)
かつての親友の口から出た言葉とは思えなかった。図書館でナカに咬まれたものよりも、深い傷が結子の胸に刻まれた。
「みどり……」
直人達の方を振り向くこともできず、結子は立ち尽くす。
「結子。もう、行こう」
丈二が声をかけても結子は動かない。
(拒絶……された。ハッキリと)
それがみどりの狙いだった。今の言葉を告げ、結子の心に溝をつくるために、わざとこの部屋で結子たちを待っていたのだ。
「みどり」
「行こうよ、平崎さん」
一同がその場を離れた頃には、空に星が瞬いていた。
翌日、結子は学校に来なかった。直人達が携帯に電話をかけるが、電源を切っているらしく通じない。
「平崎さん、大丈夫かな……」
「話をしようとした途端に、あんな冷たい態度を取られたんだ。そりゃあ落ち込むだろうよ」
「丈二君。僕たち、どうすればいいんだろう。どうしたら結子さんを助けられるのかなぁ……」
「何もできねぇよ。あの二人のわだかまりは、アイツらが解決するしかねぇ。それがわかってるから、昨日みどりちゃんも俺たちのことを無視したんだ」
「でも!」
学校だということも忘れて、直人は大声をあげる。
「このまま何もしないなんて、そんな……!」
「落ち着けよ、直人。何もしないってわけじゃあないんだ」
「え?」
丈二は冷静だった。
「みどりちゃんの居場所がわかった以上、結子の問題は結子に任せて、俺たちは他にやるべきことがあるだろう」
「え、何?」
「結子がみどりちゃんと話をつけない限り、明石兄妹を足掛かりにして光助達を助けだすことは不可能だ。それも難しいとなったら、もう、直接的な集団を取るしかない」
「直接的な手段?」
真剣な顔つきで、丈二は言った。
「鳴峰組に切り込む」
「え……えぇー!?」
思わず出た大声に、周りの人間が何事かと注目してくる。
「ジョ、丈二君、本気なの!? そんな、組の本部に行ったって門前払いに……」
「デカい声出すなって。いいか、切り込むといっても、暴力で殴りこむわけじゃあないぞ」
周りの人間に聞こえないよう、声を潜める。
「ボスの部屋に向かう直前、光助から聞いたことがある。あの組の主な収入源はミカジメ料だってな」
それは、直人も聞いたことがあった。
「法の網をくぐる裏稼業から、利益の何パーセントかをもらうってことだ。裏稼業ってのは、例えば……博打、カジノだな」
「まさか……」
「カジノで大暴れして、連中に打撃を与えるんだよ。派手にやれば相手の幹部を引っ張りだせるだろ」
それがどれだけ無謀なことなのか想像もつかず、直人は反論する気力すら無くしてしまった。