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第四十九話・籠城

「この、クソが!」


 俊の鼻から血が流れ出す。モロに蹴りを喰らってしまったようだ。


「ナカ! あいつを追うぞ!」


「ブハ……ァウ……」


 ナカは急いでボールを吐きだそうとするが、牙にひっかかって上手く取れず、もたついている。


「ちくしょう!」


 俊は単身で窓から飛び出す。が、結子の姿はどこにも見当たらなかった。


「あぁ? どこ行った……? あの女、足をケガしてるから早く走れるわけねぇのに!」


 以前、自分が潜伏していた場所まで行ってみるが、ターゲットは見つからない。地面を見ても血痕すら残っていなかった。


「おいおいおい、どこ行きやがったんだぁ!?」


「バウッ!」


 ようやくボールを吐きだしたナカも図書館の外へ飛び出してきた。


「ナカ! アイツの臭いを探せ! 血が出てるから探しやすいはずだ!」


 だが、それも上手くいかなかった。よく見ると、ナカの鼻の頭に血がつけられている。結子がボールをぶつけると同時に、自分の血も浴びせていたのだ。


「ヤベッ、これじゃあ血の臭いが強すぎて追跡しにくいじゃねーか!」


 制服のシャツをハンカチ代わりにし、ナカの鼻を拭う。


 そしてそれは、結子が携帯で直人達に連絡する時間を与えることになった。


『わかった、今すぐそっちに行く!』


「うん、お願い……」


 電話を切り、床に落ちていたタオルを包帯にして応急手当をする。


「助かった……。ここがバレてなくて」


 そこは、直人にも見せたことのない空間だった。結子や丈二も一度しか入ったことのない、本当の秘密部屋である。俊のいる位置からほんの数メートル、建物と建物の間の狭いスペースにその扉があった。


「どうせここもすぐに見つかるだろうけど、電話する時間が出来てよかった……」


 大人が三人も入れば窮屈になるほど狭い倉庫だ。物置というよりも、ガラクタを捨てるための場所らしい。この部屋のおかげで直人達に連絡が出来たのはいいが、問題はまだ残っている。


「ここかっ!? ナカ!」


「バウ!」


(この扉にはカギがない……!)


 俊が来るよりも早く、ドアノブを押さえつける。この扉を突破されたら完全に”詰み”だ。


「いやがったな!」


 外側から俊がドアノブを捻ろうとする。結子が中から押さえていることに気付き、更に力を込めてくる。


「無駄だ……つってんだろ!?」


(う……くっ)


 ソフト部をやめてからもトレーニングは続けていた。しかし、自分よりも年上の男の握力にはわずかに及ばない。


(うぅ……!)


 左足に巻いた包帯に血がにじむ。痛みとしびれが下半身を襲い、ふんばりが効かなくなってきた。


(ジョー達が来るまでどのくらい? あの空き地からここまでだと、走って十分は……いや、違う。犬がいる! あの犬が邪魔してきたらもっと時間がかかるかもしれない!)


 ノブを握る手に、皮が裂けそうな痛みが生じ始めた。


「いい加減にしやがれっ!」


 ドア越しに罵声が聞こえてくる。陰湿な狂気を通り越し、もはや完全な怒りの化身となっているようだ。


(絶対開けちゃダメ! 絶対、絶対……!)


 これまで何千、何万回とボールを握ってきた腕が頼りだった。相手も負傷している。もはや根競べの勝負だ。


「クッソォオ! 早く開けやがれ!」


 だがこの勝負、やはり俊の方に分がある。怒りが疲労や痛覚をごまかしているからだ。


「おおおおっ!」


 ギリギリときしむような音を立て、少しずつノブが動き始めた。結子は慌てて逆方向へ回そうとするが、それも無駄に終わった。


(あ、ああ――!)


「このヤロォ!」


 古びた木の扉が壊れんばかりにきしみ、大きく開かれた。


 日の光を背に、俊とナカが立っている。怒りと血で顔を真っ赤にしたその姿は、邪鬼そのものである。


「ヴアアゥ!」


「うああ!」


 携帯を思い切り投げつける。この近距離なら確実に命中する……と結子は確信していたが、それは俊の手によって弾かれた。


「無駄なあがきをするんじゃねぇ!」


 反動で壁に叩きつけられた携帯が、派手な音を立てて破壊される。機械の内側がむき出しになったその姿が、結子にさらなる恐怖を与えた。


「この……っ!」


 俊はナカを入口に待機させたまま、部屋の中に踏み入って行く。硬く握った拳を震わせながら。


 結子は後ずさりで距離を置こうとをするが、この狭いスペースでは逃げ場がない(もっとも、この部屋に逃げ込まなければもっと早く捕まっていただろうが)。


「もうおしまいだ!」


「ギャバッ!」


 ナカが吠えた。苦痛と驚愕の悲鳴だった。


「ナカ!?」


 振り返った俊の目に、予想外の光景が映った。


「バッ……ガ」


 ナカの背中に白いものが乗っていた。ナカはそれを振り落とそうと必死に暴れまわっている。


「なんだっ、おまっ……」


 俊の言葉は中断された。背後から結子が体をぶつけてきたのだ。油断していた俊は足をフラつかせ、体重をかけて頭を壁に衝突させた。


「ありがと、ケリー」


「ニャー」


 俊の気絶と同時にナカは逃げ出し、後には傷ついた結子とケリーだけが残っていた。

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