第四十六話・一歩前進
「くっああぁぁぁ……。久々に学校にでも行くかねぇ」
俊は大きくあくびをし、玄関を出た。しかし、その足は学校へは向かわず、近所の空き地へと向かっていた。
「お〜い、ハツ、ナカ!」
土管のあたりに向かって声をかけると、二匹の犬が土管の中から現れた。そのうちの一匹は、直人の携帯電話を奪った犬だ。
「お前のおかげで、あざー先輩にまた誉めてもらえたぜ。いやまったく、大したお手柄だってよ」
まるで子どものような笑みを浮かべつつ、俊は二匹の頭をなでる。
「途中、色々ムカつくこともあったけど、今となっちゃあ全部解決だよな。敵方のボスは拉致されて残った連中はもう何もできやしねぇ。そしてあざー先輩は正式に組員になって、万々歳だ。あの女に仕返しできなかったのは残念だけどな」
「ワン!」
犬たちも祝福するように一声をあげた。
「……あ、そういやぁハツ。お前、このあいだ俺とじゃなくてみどりちゃんと一緒に逃げたろ」
「グ」
「お前のご主人さまは誰なのか、ちゃんとわかってんのか?」
「ワウ……」
俊は真剣な顔つきになってハツを睨みつける。頭をなでている手に、わずかながら力がこめられた。
「ウ……ワゥッ!」
必死にわびるような鳴き声。
「ッハハハハハ! 冗談だって、じょーだん。今の俺はメチャクチャ機嫌がいいからな〜。見逃してやる」
「ワン!」
かたじけない、とでも言うようにハツは頭を地面にこすりつける。それに満足した俊は空き地を出るが、やはりその足は学校へと向かわない。
「さぁ〜て、今日はどこで遊ぼうかな……」
俊はここ一週間ほど連続して学校をサボっていた。前々からサボり癖はあったが、最近の出来事と比べるとますます勉強が下らない行為に思えてくる。それに、俊はもう高校へ行く理由がなくなっていた。
「先輩が鳴峰組の一員になったってことはぁ……そのきっかけをつくった俺も、いずれは組に入れてもらえるかもしれねぇじゃん。それ考えたら大学行って就職活動なんてバカバカしいっての」
制服姿のまま街中を徘徊する。通勤するサラリーマン達や、自分と同じ高校に通う生徒達があちこちを歩いているのを見ながら、俊は口元に歪んだ笑みを浮かべた。
「俺もいずれは部下を連れて……人間の、部下を連れて……ククク。肩で風切って夜の町を歩き、一般人どもを震えさせてぇなぁぁぁ」
空を見上げると、初夏の太陽がまぶしく輝いている。今日も暑くなりそうだな、などと思いつつ、俊は自分の明るい未来を空に思い描くのであった。
同時刻、早めに登校した丈二、結子、直人は、俊を探すべく二年生の教室がある棟に来ていた。
「ちょいと早く来たけどよ〜……。どう考えてもアイツがこんな時間に来るわけねぇよな。そもそもちゃんと学校に来るのかもわからねぇんだぞ」
「遅く来たって同じでしょ。私、この学校の二年生に仲が良い知り合いとかいないんだけど、どうやって聞き出すの?」
「僕も、上級生とはあんまり……」
「俺は三年ならいるけどな。光助とツルんでた奴らとか」
部活や委員会をやっていないと、こんなことが起こる。仕方なく生徒の方はあきらめ、二年生を担当している教師に頼ろうかと歩き出した時――。
「ん? 教師……」
丈二が突然立ち止まった。
「どうしたの?」
「そういや、不良生徒に詳しい教師がいたような……」
記憶の中から、情報を引き出してくる。それはすぐに見つかった。
「生活指導の根岸! サボり癖のある不良生徒について詳しいはず!」
「じゃ、ジョーが話してね。私あの先生苦手だから」
「はぁっ!? 俺だって嫌いだよ、あんな堅物は! そもそも職員室の空気が苦手だし!」
そういうことになり……。
「す、すいません……。一年二組の積里直人です……」
「うん? 何の用だ」
ということになった。
「ね、根岸先生に尋ねたいことがあああって、その、ま、参りました」
「入口に立っていないで、早く入りなさい」
教師・根岸の口調は柔らかいものの、その低い声は威圧感にあふれている。
「ああ、あの〜、二年生、の、えと」
「……君、もう少し落ち着きなさい」
何もやましいところはなくても、頑固な生活指導教師と会話をするのは緊張するものだ。しかも、職員室という環境が更に拍車をかける。
「そんなに私は怖いかな?」
(はい……。なんて言えないよ〜)
「怖いか〜……そうか。やっぱりな〜」
「根岸先生?」
そして数分後。
「お、直人。どうだった?」
「ゴメンね積里君。嫌な役押し付けちゃって」
廊下で待ち受けていた二人が直人を迎える。
「あの先生、怖かったろ」
「まぁ、最初は……。なぜか途中から妙に気さくだったけど。大体の住所も教えてもらたよ」
「本当!? やるじゃん積里君!」
結子にそう言ってもらえたのが嬉しかった。実際には、根岸が生徒に怖がられすぎていることを気にしていたためにかえって甘く接してくれただけなのだが。
「それじゃあ、放課後に早速だな!」
一つ目の関門をクリアし、丈二は勢いよく声を張り上げたのであった。