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第四話・解答と解放

「それでそのぉ、ヘンサイってのは、いったい何?」


「百聞は一見にしかず。見ててよ」


 結子はカバンの中から野球のボールを取り出し、自慢げに微笑む。


「あの本棚の、本と本の隙間」


「え?」


 結子の指さした本棚を見ると、一か所だけ、並んだ本の間に20センチ程の隙間が空いている部分があった。


「あの隙間に、このボールを投げて通すわよ」


「ええっ、ここからっ!?」


 距離は裕に10メートルはある。まるっきり不可能というわけではないが、そう簡単にできるものではない。


「まぁ、見てなさい……よっ!」


 軽い投球モーションから、ボールが本棚めがけて飛んで行く。それほど速くはないストレートがほぼ一直線に飛び、20センチの隙間を見事に貫通した。


「おおっ!」


「どんなもんよっ!」


 バン! ドサドサドサ……。


「あ」


「結子。お前通り抜けたボールが向こう側の棚の本にぶつかること考えてなかったろ」


 丈二が携帯電話をいじりながら呆れた声を出す。ボールがぶつかった本棚にはただでさえ古くボロボロな本ばかりが並べてあったため、衝撃を受けてたやすく崩壊したようだ。


「やっば〜。もとに戻さなきゃ」


「ぼ、僕も手伝うよ」


 直人と結子は慌てて本棚に走り、落ちた本を拾い集める。


「つーか、ジョー。あんた気付いてたなら投げる前に言ってよね」


「投げた後に気付いたんだよ。光助に言われてな」


「光助!」


「室内でボール遊びしちゃいけませんっなんて、言わんでんわかるやろうと思ってな」


「納得」


 まるで漫才だ。直人は思わずクスリと笑った。


「あー、今、積里君笑った?」


「えっいや、そんな……」


 そう言いつつも口元はニヤついている。


「ま、それはともかく。私は子どもの頃から得意なの。野球やソフトのボールを投げて、狙ったところにズバッと入れるのが」


 結子は拾ったボールを手の平でもてあそびつつ、言葉を続ける。


「でも得意なのはコントロールだけで、球速や変化球なんかは人並み。練習してそこそこはよくなったけど、それでもコントロールだけが抜群にいいの」


「はぁ……」


 二人は本を片付け、閲覧席に戻って腰を下ろした。


「特に練習したわけでもないのに、子どもの頃からそうだった。あ、そうそう。ダーツや輪投げなんかも人並み。球形のものじゃないとダメみたい」


「それで……それが、偏才?」


「そう」


 以下は、直人が説明を聞いてまとめた『偏才』の定義である。


 ・極々一部、限られた範囲でのみ発揮される。


 ・練習や特訓を必要とせずにその道の達人と同程度の結果を出せる。


 ・それ以外の能力に関しては人並み、あるいはそれ以下であることが多い。


「一般に『天才』と呼ばれるものの中でも、特に狭い条件下でしか発揮されず、使えるんだか使えないんだかよくわからない究極の専門バカ。それが偏才。ちなみに辞書には載ってないわよ」


 と、いうことらしい。


「はぁ……じゃあ、僕の裁縫は違うんですね」


「そう。練習して身につけて、特定の分野全体が得意ってのは偏才じゃないのよ」


 誰が名付けたかは知らないが、言いえて妙だ。そして、結子は先ほど確かに『私たちは、偏才なの』と言っていた。つまり。


「あの、ジョー……ジ君と光助さんも偏才なの?」


「さんはいらん。タメ口でいいと言うたろう」


 光助はニヤリと笑って見せる。


「それよか坊主、もうそろそろ家に帰らんでいいとけ?」


 そう言われて時計を見ると、6時半を過ぎていた。


「あ、晩ご飯の支度しなきゃ。制服も縫わなきゃなんないし」


「なんだったら、これからみんなでどこかに食べっ――」


 突然、結子の言葉が止まった。直人からは見えなかったが、光助が指で合図を送ったようだ。


(今日は、一旦帰らしとき。いっぺんに色々言うても混乱すっじゃろう)


 と、そこまで正確に読み取ったかどうかはわからないが、結子はそれを汲んだ。


「それじゃあ残念だけど今日はここまで。明日またここに来たら……って、それより前に学校で会うか。アハハ」


「あ、そうだね。アハハハ……」


「別に無理して笑うとこじゃあねぇぞ」


 なにはともあれ、直人はようやく図書館から出た。外はもうだいぶ暗くなっている。


「今日は色々あったなぁ……」


 大きくため息をつきながら、今日の出来事を反すうする。凶暴な犬。片思いの人との出会い。奇妙な才能の話。なにやら妙に疲れてしまった。


「あ、そういえば、ボスがどうのこうのって結局なんだったんだろう……。それもヘンサイが絡んでるのかな」


 夜道を歩きながら、直人は考えを巡らせる。目の前に電柱が迫っていることにも気付かないくらい、集中して考えていた。


 ゴン。


「あっ、痛っ!」


 もろにぶつかり、頭がじんじんと痛む。


「いったぁ〜……。本当、今日は色々ありすぎ――」


 顔を上げた直人の目に、電柱に張られた広告のうたい文句が映った。街灯に照らされたそのチラシには、『お悩み相談・どのような悩みでもご相談ください。もしかしたら……解決なさるかもしれません』と書かれ、連絡先の電話番号が記載されていた。


「ちょっと変な広告だなぁ。悩み相談自体は珍しくないけど、解決するかも、なんて普通チラシに書いたりしないよね。無責任だ」


 直人は疑問に思ったが、当面の問題である自分の空腹と破れた制服を解決するため、急いでアパートへ向かった。


 まさか、自分がこの広告の主に電話をかけることはないだろう。と、たかをくくりながら。

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