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第三十六話・包囲陣

「アンタ、俊とか言ったわよね」


 結子は視線をみどりから外し、俊に向ける。


「何が目的なの? この間から二回も襲ってきたりして、何が狙いなのよ」


「それを聞いてどうすんだ」


「その理由次第で、こっちも態度を変えるしかないでしょ。これ以上付きまとわれたくないし」


「……フン」


 俊の目つきが変わっていた。怒りに震える目でもなく、焦りで動揺する目でもない。どんな障害があろうと目的を果たそうとする、覚悟を決めた目だ。


「今から二週間ほど前、俺はハクを町に放した」


 その言葉は結子に向けられていない。独り言のようにつぶやいている。


「ちょっとしたテストだったんだ。ハクが前の飼い主のことなんか忘れて、野生の獰猛さを取り戻せたかどうか、のな。そのためにわざと解放した」


 両手を胸の高さに上げ、じっと見つめる。


「俺がこの手で、キッチリ調教してやったからな。飼い主の所に戻るはずがない。事実、ハクは飼い主のところには行かず、町中の色んなところを歩き回るだけだった。だから俺は安心してハクが俺の元に帰ってくるのを待った。そうしたら、ハクがおびえたような顔をして戻って来たんだ」


「ハクって、あのデカイ犬のこと?」


 その問いに、俊は答えない。


「せっかく凶暴な性格にしてやったのに、どこかの誰かに何かをされて、ヒドく怯えちまった。そして数日後にお前らに会ったとき、ハクの態度からすぐにわかった。犯人はお前らだ、ってな」


「犯人って……。先に襲ってきたのはアンタの犬じゃない」


「それでいいんだよ。この世界は弱肉強食だ!」


 まるで演説でもするかのように、俊は大きく両手を広げて声を張り上げる。


「人間は、自分がこの世で一番優れた生物だと思い込んでやがるが、そんなのは違う! 生物としての勝負なら、人間はかなり貧弱な部類に入るっ!」


(な、何なの、コイツ……)


 結子の背筋に冷たいものが走る。それが恐怖だと、結子は認めたくなかった。


「犬は人間よりも遙かに強い! 犬が人間を支配することに何も問題はないんだ! そして、その犬達は俺に育てられ、俺の言うことに服従する」


(コイツ……マジに、狂ってる)


 恐怖に侵略されないよう、唇をかみしめて心の平静を保つ。そうすることで、結子は気がついた。俊の隣に、先ほどまでの犬がいないことに。



 丈二が背後の気配に気付いたとき、ハツはすでに口を開けていた。


「グアァァァッ!」


「ジョー!」


 丈二はとっさに手持ちのカバンで牙を防ぐ。間一髪、それは成功した。


「ガアッ!」


 ハツは一旦着地し、態勢を立て直そうとする。しかし、体勢は逆に崩された。


「ギャウゥ!」


 顔面、目の近くに白球が直撃していた。


「大丈夫、ジョー」


「ああ……」


「ひ、平崎さん! この犬、まだ闘うつもりだよ!」


 一歩間違えば失明の恐れのある攻撃を受けても、ハツの闘志は微塵も薄れなかった。足をしっかりと踏ん張って低く唸り声をあげている。


「やめるわけねぇだろ」


 俊がゆっくりと近づいてくる。


「相手の数が多かろうが構いやしねぇ。絶対に勝つんだよ、俺達は。訓練を受けた犬が人間に負けるわけがねぇんだ」


「……絶対に勝つ、なんて言わない方がいい」


 みどりが言葉を割り込ませて来る。いつの間にか、みどりは丈二たちから距離を置き、俊とみどりで結子達を挟むように立っていた。


「そんな言葉、軽々しく使っちゃダメ」


「あぁ? 細かいことにうるせぇな」


 俊が不機嫌に言い返す。しかし、みどりの鋭い視線を受けて押し黙った。


「そんなに勝ちたいんなら……そこの小さいのを狙うのよ」


 みどりの白く細い指先が、真っすぐに直人を指さす。


「えっ僕……!?」


「そいつは偏才じゃないんでしょ? それに、そっちの……」


 今度は和仁を指さす。


「……もう一人は、バスケの天才だって呼ばれてたしね。運動神経はかなりいいでしょ。結局、こいつらの今一番弱点となっているのがあのチビよ」


「おい、結子! 何でこんな事になってんのかわからねーが……あの金髪男とこっちの女の子は、俺たちに危害を加えるのが目的なんだろ!? 反撃していいんだな」


 丈二が臨戦態勢を取って緊迫した声をあげる。


「うん。少なくとも、大人しくやられるわけにはいかない」


「おいおい、俺は無関係だろ!?」


 和仁が勘弁してくれ、とばかりに悲鳴をあげる。


「犬が恐いなら逃げろよ」


 丈二がつぶやいた。


「あ? 恐いわけじゃねーよ! 関係ねぇのに巻き込まれるのが……」


「ビビった言い訳にしか聞こえねぇな」


「アンタ達、ケンカしてる場合じゃないっての!」


 結子の手元に残されたボールはあと一球しかない。しかも敵は犬一匹だけでなく、元・親友のみどりまでいるのだ。みどりがどのような偏才を持っているのかわからないが(状況から見て、おそらくみどりも何かしらの偏才を持っているのだろう)、自分たちに敵意を見せているのは確かだ。


(みどり……どうして、どうしてアンタが私たちを攻撃するの……? 私は、私は……)


 苦い思い出がよみがえってくる。それらを振り払うように強く目を閉じ、やがて覚悟を決めて見開いた。


「やるしかない!」

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