第二十九話・燃え盛る激情
「みどりちゃんって、どこ高?」
「汐春女子高です」
「制服見りゃわかるだろ。これだからスポーツバカは」
少女――みどりを案内しつつも、丈二と和仁は口ゲンカをし続けている。
「俺はよその高校の制服なんか興味ねぇんだよ。そこまでヒマじゃねぇからな」
「制服に刺しゅうされてる学校名が読めないのか?」
「あの……ケンカは、ちょっと……」
そんなやり取りが何度も繰り広げられていた。
(立国丈二と九断光助。この二人を結子から引き離すだけでいいなんて、楽な仕事ね)
みどりは、丈二・直人と共にいたのが「九断光助」ではなく、和仁だということに気付いていなかった。
「じゃあ、あの女は直接スジ者とは関係ないんスね?」
『ああ。お前の報告を受けてより詳しく調べてみたが……色々と面白いことがわかった』
同時刻。俊は図書館に近くに潜み、携帯で「あざー先輩」と会話していた。
『過去の携帯の電波記録まで調べた甲斐があった。実に、実に面白い情報だ』
「そうッスね。まさかこんな偏才の集団が、俺たちの他にあったなんて」
ニヤリと口元を歪める。
『ああ……予想外だった。本当にな』
電話の向こうからも、低く押し殺したような笑い声がもれてくる。
『そいつらを調べたおかげで、かなり有益な情報が手に入った。好都合だ。俺にとっても、みどりにとっても……な』
「オレにとっても、スよー?」
『そうだな、俊。お前のおかげだ。きっかけはどうあれ……お前があいつらに接触してくれたおかげだ』
「えっ、そうスか? 俺の手柄? うはっ、嬉しい」
笑いながら、足元に座っている犬の頭に手を乗せる。先日、結子の追跡に連れていた短毛の中型犬だ。
『その褒美と言ってはなんだが、今回はお前の好きなようにさせてやる。思う存分暴れてもいいぞ』
「うっひゃ〜、ありがたいお言葉」
俊は目を輝かせ、舌なめずりをする。
『ただし、九断光助という男には気をつけろ。そいつは鳴峰組の関係者らしいからな。下手に巻き込むと面倒だ』
「だ〜い丈夫ですって。そいつと、あと丈二とかい言う奴はみどりちゃんに任せてますから」
『そうか……。なら、安心だな。そろそろ電話を切るぞ』
「はい、了解ッス」
電話を切り、俊は改めて図書館の方を見る。結子たちが普段集まっている秘密部屋自体は俊のいる位置からは見えないが、そこへ続く通路の一角は見渡せるようになっていた。その通路を利用するものが結子、光助、丈二、そして直人の四人だけだということも「あざー先輩」は調べていた。
「さぁ〜て、そろそろ来るかなぁ……。平崎結子」
一瞬、歪んだ笑みの表情が消え、その下から怒りと憎しみの感情が浮かび上がってきた。
「犬は……地上で最強の動物だ」
ギリギリと歯をきしませ、うわ言のようにつぶやく。
「本来の犬は、雄雄しく、強く、俊敏で何よりも強い生き物なんだ。人間に飼われてしっぽを振っている方が間違っている」
その感情が伝わったのか、犬が立ち上がって唸り声をあげだした。
「だから俺は解放してやった。家の中に閉じ込められていたあの大きな犬を外に連れ出して、野生に戻してやったんだ。……それをあの女が邪魔しやがった」
直人が結子と再会を果たしたあの日、結子によって撃退された犬――「ハク」はショックでまた大人しくなってしまっていた。それを見た俊は怒りを覚え、仕返しを企てた。それさえも妨害されてしまい、俊の憎悪は一層高まっていた。
「俺には……犬の野生の闘争本能を引き出す才能がある。そんな俺の”偏才”を、あざー先輩は認めてくれた。自分の目的のために俺の力が必要だと言ってくれた」
「あざー先輩」の目的がなんなのか、俊は知らない。しかし、その目的が、今回の事件で急速に果たされつつあるということだけは理解していた。
「準備はいいか? ハツ」
ハツ、と呼ばれた犬は頭を縦に振り、”イエス”の意を示す。
「お前とハクが一緒にいたのはほんの数日だったが……同志として、力を合わせて生きて行けるハズだったんだ。それをあの女がブチ壊したんだ」
今度は独り言ではない、犬の耳に口を近づけ、ゆっくりと語り告げる。
「アイツの臭いはしっかり覚えているよな? この間、追跡したあの臭いだ」
「ワウ」
任せろ、とでも言うように一声をあげた。その目には闘志がみなぎっている。
「ただの逆恨みだってみどりちゃんは言ってたけどよ、ここで引き下がったら男じゃねぇよな〜?」
「ワン!」
その時、ずっと見張っていた廊下に人影が見えた。背の低い男子――直人だ。
「あいつは問題ない。あざー先輩の調査によると、アイツは別に偏才じゃねぇらしいからな」
その直人の後ろに、もう一人別の人物の姿が現れた。それを見ると同時に俊の目が大きく開かれた。