第二十六話・鳴峰組の本部にて
「光助、いるか?」
あごひげを生やし、サングラスをかけた中年の男が閉じた障子に向かって声をかけている。
「……おるに決まっちょやん。アンタが来いて言ったくせん」
「入るぞ」
障子をあけると、中に光助がいた。いつもの制服姿ではない。この屋敷にふさわしい簡素な着物姿だ。男は光助の前に自分で座布団を敷いて座った。
「お前も高校生でいられるのは今年で最後だ。来年の今頃には……」
「そげな話はもう何遍も聞いちょる。今更言わんでんいい」
光助は視線を男に向けない。男の居心地を悪くするためか、読みかけの本の表紙を見続けている。
「大体、なんでここで話すとね。息子に説教するとに、わざわざ自分の職場に呼び寄せる親父が他んおるけ?」
男――光助の父は、黙って光助の顔を見続ける。
「……仕方ないだろう。ウチも人手不足なんだ」
「仕方ない、け。そん決まり文句もガキん頃かい聞かされちょる」
「光助。しばらく真面目に、私の話を聞きなさい」
男は少し口調を強める。しかし、それでも光助の態度は変わらない。
「嫌やし。一応話は聞いちょってやっかい、勝手んしゃべりや」
「……」
親子の間に、不穏な空気が広がる。光助は頑なに父親を拒絶し続け、決して心を開かない。
「――おい、待て!」
ふいに、部屋の外から声がした。続いて、廊下を走って来る複数の足音が。
「何事だ?」
父親は一時会話を中断し、障子をあけた。そして、その足もとを抜けて素早く何者かが部屋へ飛び込んできた。
「ケリー! なんしょっとや」
「おい、何だお前達は」
廊下に出た父親が、急に凄みのある声を出す。ケリーに対してではない。その後を追って走ってきた人間に対してだ。
「すみません! ちょっと通してッ!」
「ひ、平崎さん、大丈夫なの? こんなことして……」
光助がいつも聞いている声だ。
「坊主と結子!? なんでここんおっとけ?」
驚いた光助も部屋を出る。そこにいたのは、紛れもなく結子と直人であった。
「あ、やっぱり光助だ!」
「おいおい、どんげなっちょっとけ」
二人の後ろからは、さらに数人の男たちが走ってくる。どうやら直人達を捕まえようとしているようだ。
「……知り合いか? 光助」
「ああ」
「そうか。……いい度胸をしているな、こいつら」
父親は二人を値踏みするように見つめ、低い声で言い放った。
「ここら一帯を仕切る広域組織・鳴峰組の本部で騒ぎを起こすとはな」
なぜ、直人と結子がここへやってきたのか。その原因は十分ほど前――。
「ご、ごごごめんなさい……。つい、うっかり」
「ほーぅ、うっかりで人にぶつかっといて、口先だけで謝るつもりか」
鳴峰組の下っ端は、直人の襟を掴んで持ち上げた。無論、この時点でこの男はさほど怒っていなかった。少しおどかしてみただけである。問題はその後だった。
「本当にごめんなさい!」
「ん、そうやって素直に頭をさげれば別に……」
「こらぁ! なにやってんのアンタ!」
後からやってきた結子がその現場を目撃したのだ。
「ちょっと図体がデカいからって偉そうに……」
「な、なんだぁ? この嬢ちゃんは」
「平崎さん!」
男の風貌が災いしてしまった。結子は男の姿を見て相当危険な状況だと判断し、恐怖を紛らわせるために強い態度にでてしまっているのだ。
(わけわかんねぇな……。もう行こうっと)
男が直人を放し、背をむけた。その時、着地を誤った直人がバランスを崩して地面に倒れた。
「ちょっ、待ちなさいよ!」
「平崎さん。僕、大丈夫だから……」
「おい、どうした?」
「あ、兄貴!」
さらに間の悪いことに、もう一人、別の組員がその場に現れてしまった。
「こ、コイツらが……」
「あぁ?」
「か、数を増やしてもダメよ!」
「逃げよう! 結子さん!」
その後、色々と騒いでいるうちにギャラリーが集まってきだし、組員達はしかたなく二人を車に乗せて本部の近くまで連れてきてしまったのだ。
「あ、兄貴。思わず連れてきちまいましたけど……どうするんですか?」
「さぁ……どうしよう」
車を降りたところで組員二人が相談していると、そこにケリーが通りかかった。
「にゃう?」
光助を待っている間に屋敷の周りをウロついていたケリーは、車の中に直人と結子がいることに驚いた。そして中の直人たちもまた、ケリーの登場に気付いたのだ。
「ケリー! ……ってことは、近くに光助がいる!」
「今、ケリーこの屋敷から出てこなかった?」
そして、組員たちが目を離した隙に車を飛び出し、ケリーを追って走り出した。
「にゃぁ!?」
「あ、おい! 勝手にそこに入るな!」
なぜか迫ってくる二人に驚き、ケリーは光助のもとへと逃げだす。それを追いかける直人と結子。さらにそれを追う組員。
「阿呆か、お前らは」
そして今、光助親子の話し合いの場へ現れたのであった。