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第二十四話・束の間の休息

 電話のコール音が鳴り響く。男――「ボス」は食事を中断して電話を取った。


「はい、もしもし」


『もしもし……』


 中年女性の声だ。ボスにとっては何度も聞き覚えのある声だったが、これまでとはわずかに声のトーンが違っていた。


『あの、この間の相談のことで……報告というか……』


(嬉しい、という感情が、隠しきれずに声に出ている。……上手くいったようだな)


『先日、保健所から連絡があったんです。ウチの犬が見つかったって』


「それはよかったですね」


 相手の喜びを受け止めるように、自分も笑い顔をつくって答えた。


『前に相談した時、先生に親身に話を聞いていただいて、それに保健所に問い合わせしてみてはどうかとアドバイスまでいただいて……』


 相手の女性はボスのことを「先生」と呼んでいる。


『その時すぐには見つからなかったんですけど、そういう犬を見つけたら連絡しますって保健所の方が言われたんです。それで、先日やっと……』


 よほど犬のことを大事に思っていたらしい。感極まって今にも涙を流しそうな声になっている。


『先生のおかげです。本当に、ありがとうございます!』


「いいえ、私は何も。その犬が無事に戻ってこれたのは……」


『これたのは……?』


(偏才学生たちのおかげです。などとは言えないな)


 先ほどとは違うニュアンスの笑みを浮かべる。


「その犬が、本当にあなたのもとへ帰りたいと思っていたからですよ」


『まァ!』


「よほど、あなたのことを好きなようですね」


 我ながら臭いセリフだな、などと思いながらも言葉を続ける。この女性に対してはこのような言葉が最も有効であることを、男は知っていた。


『それはもう、なにせウチには他に家族もいないものですから……。この子と私はお互いを心の支えにして生きているんです』


『ワン!』


 犬の声が聞こえる。女性のすぐそばにいるようだ。


『この子とは、私が一人暮らしを始めてから一緒に生活しだしたんです。とっても利口な子で……』


(やれやれ、ここから先はただの自慢話になりそうだな)


 適度に合いの手を入れつつ、女性の話を聞き流す。男の関心は、電話で中断された食事の続きに向けられていた。


『本当に、ありがとうございました。本当に……』


 三十分ほどで話し続け、女性はようやく電話を切ってくれた。


「……やれやれ。事後フォローが済んだのはいいが、食事がすっかり冷めてしまったな」


 男はテーブルに戻り、箸を手に取る。だが、その箸はすぐにテーブルへ戻された。


 トゥルルル……、トゥルルル……。


(ふーっ、もう一仕事か)


 仕方なく男は立ち上がり、受話器を手に取った。





「さて、仕事もないことだし、勉学に励むとしますか」


 犬の捕獲騒動から二週間がたっていた。中間テストを目前に控え、直人は偏才たちとともに図書館の秘密部屋で勉強していた。


「面倒くせ〜な〜。一年の中間テストなんて別にどうでもいいだろ?」


 丈二は早くも筆記用具を放りだしてしまっている。初夏の暑さがますますやる気を削いでいるようだ。


「そんげ言いよっと、後々のさんこつなっど。成績は稼いどいて損ないわ」


「むしろさぁ、入学当初は成績悪くて、あとからだんだん良くなってきたって方が印象よくねぇか?」


 そう言う人間は大抵、卒業するまで成績が変わらなかったりする。


「勉強しないんなら帰ればー? ここにいるならちゃんと勉強しなさい」


「なんだよ結子ー。先生みたいなこといいやがって」


 直人は黙ってことの成行きを見守っていたが、ふと思い出して言った。


「……そういえば、かず君はテスト自信あるってさ。特に英語」


「なぁ、結子。ちょっとここの英語教えてくれ」


 180度態度が変わった。


「坊主、ジョーの扱いになれてきたなぁ……」


「ぼ、僕も勉強しなきゃ」


 この二週間で、直人はすっかりこの集団になじんでいた。当然、和仁との交流も続いており、よく丈二と和仁のケンカを止めるのに苦労している。(今回は逆に利用したが)


「直人、ここんとこわかる?」


「えー……ちょっとわかんないなぁ」


「どれ、見しちみぃ」


 光助が割り込んできて問題を解いてみせる。上級生の面目躍如といったところか。


「そういや、光助って進路どーすんだ? 進学?」


「んにゃ、就職すっこつんなりそうや」


「へー、なんの仕事?」


 結子も勉強の手を止めて話しかける。直人も同じだ。が、光助はすぐには答えず、三人に背を向けた。


「……あんましマトモとは言えん仕事よ。本当はやりたくねぇっちゃけん、しゃあねぇわ」


 背を向けているため、直人たちは光助の表情が曇っていることに気付かなかった。唯一、窓辺でうたた寝をしていたケリーだけが、光助の複雑な心境を理解していた。

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