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第二話・町立図書館の秘密部屋

 痛みは、一瞬遅れてやってきた。犬にかまれたのではない。とっさに犬をかわした反動で転び、右ひじをすりむいたのだ。


「ぐるるる……」


「ちょっ、ちょっと待ってよッ!」


 直人はひじをかばいながら立ち上がって声をかけるが、犬はお構いなしに第二撃の動作に入る。


「うわっあああ……」


 パニックに陥りかけた直人の耳に、鋭い声が飛び込んできた。


「伏せてっ!」


「えっ?」


 わけもわからず倒れるようにしゃがみ込む。その直後、何かが背後から飛んできた。それは直人の頭上をかすめるように通り抜け、すぐ目の前にまで迫っていた犬の口内に飛び込んだ。


「ギャウッ!」


 驚いた犬はそれを吐き捨て、一目散に逃げ出した。この間、わずか1,2秒。


「野球の……ボール?」


「大丈夫ですか?」


 そのボールで犬を撃退したらしい人物の声がする。その聞き覚えのある声に反応して直人は振り返った。


「ひ、平崎さん!?」


「えっ? あっ、積里君? 同じ中学の……」


 平崎結子は、直人と特に親しかったわけではない。何度か会話をすることはあったが、体育会系の結子と読書家の直人とでは共通の話題も少なく、「ただのクラスメート」としてしか認識していなかった。結子の方は。


 しかし、直人はもう少し特別な存在として結子を捉えていた。自分にはない軽快さと運動神経、そして笑顔のよく似合うこの少女に、直人は片思いをしていた。


「あのデカ犬、最近よく見かけるのよねー。やたらと人を襲う凶暴な奴だから今度会ったらとっ捕まえてやろ」


「あ、あっあっありがとぅ……平崎さん」


 礼を言う直人の顔は耳の先まで真っ赤になっている。それはそうだろう。片思いをしていた少女にこんなカッコ悪い姿を見られ、しかも助けられたのだから。


「積里君って、この辺に住んでたっけ?」


「おととい引っ越してきたんだ」


「一人暮らし?」


「う、うん」


 直人の脳内で、相反する二つの考えが渦巻いた。


(うっわぁ〜ハズかしい……。早く帰りたい。けど、久しぶりに平崎さんと話もしてみたいような……)


「あっ積里くん、ひじから血が出てるわよ」


 結論を出す前に結子が怪我に気付いた。


「だ、大丈夫だよ、こんなの」


「ダメダメ。すぐそこに手当てできるところあるから、ついてきて」


 直人は一瞬、結子の家に連れて行ってもらえるのかと思ったが、結子は図書館の中へ入って行った。


「この中で手当するから。早く」


「こ、ここで?」


 確かに救急箱の一つぐらいは置いてあるだろうが、それを無関係者が勝手に使ってもよいのだろうか。そう思いながらも、直人は黙って結子に続いた。


 図書館は比較的新しく、きれいに整えられた内装だった。学校帰りの学生の姿も見られる一般書庫室を素通りし、二人は奥の扉を開いて廊下に出た。


「ここって、一般の人が勝手に入っていいの?」


 声を抑えて尋ねると、結子はあっさりと答えた。


「よくないのよ。私は関係者だからいいの」


「関係者?」


「着いたよ」


 廊下の突き当りにある、一際大きな鉄製の扉。その向こうから、誰かの話し声が漏れ聞こえてくる。


「あ、そうだ。積里君って何組?」


「二組だけど」


「それじゃ、知ってるかもね」


 そう言いながら結子は扉を開く。重々しい音と共に室内の光が廊下にあふれだし、中の様子が見えた。


「おかえり、結子。見つかったか?」


「そん坊主は誰ね?」


 中にいた人物は二人。直人と同じ制服を着た男子が六人掛けの閲覧席に座っている。その周りには2メートル以上もの高さの本棚が立っているが、そこに並んでいる本はいずれも古びた原書ばかりだった。


「少し似たようなやつなら見かけたけどね、性格が全然違った。この人は二組の積里 直人君。中学ン時の同級生」


 結子は直人を部屋に迎え、中から扉を閉める。


「は、はじめまして」


 直人は結子が自分のフルネームを覚えてくれたことに感激しながらあいさつをする。しかし、すぐに違和感を覚えた。


(はじめまして、じゃない……?)


 おかえり、と言っていた茶髪の男子に見覚えがあった。どこかで見た顔だ。


「一年の二組と言ったら、ジョーと同じクラスやねぇけ?」


 もう一人の男が口を開いた。この男の制服についている学年章は三年生のものだった。


「ジョー、知ってる?」


(ジョー……?)


 直人は記憶を探って思い出した。まだ会話したことはないが、確かに同じクラスにいた生徒だ。


「ああ、そう言えばクラスにいたような」


 そう言ったのは直人ではなく、ジョーと呼ばれた男の方だった。


「オレは立国 丈二(たてぐに じょうじ)。ジョーって呼ばれてる。よろしくな」


「よろし……く?」


「おりゃあ九断 光助(くだん こうすけ)。こん中じゃあ一番年かさやけんど、タメ口でいいかいね」


 光助と名乗った男は言葉に訛りがあるせいか、相当老けた印象を受ける。もっとも、顔つきだけを見れば中々の好男児なのだが。


「ちょっと、違うわよ。積里君はただ怪我の手当てに連れてきただけ」


 結子の言葉で、二人はようやく直人の傷に気がついたようだ。


「なんだ、そうか。新メンバーかと思った」


「救急箱ならそこん棚の上にあっぞ」


(新メンバーって、何の?)


 直人は、この奇妙な集団に得体の知れぬ不安と好奇心を持たずにいられなかった。

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