第十八話・青少年の始動
トゥルルル……トゥルルル……という音が、直人の目を覚ました。
「う……ん」
いつもの習慣で、半ば眠ったまま目覚まし時計に手を伸ばすが、何度スイッチを押しても音は止まらない。
(……?)
薄く眼をあけ、ねぼけた頭を回転させる。――時計のベル音ではない。
(携帯だっ!)
ガバッとふとんを跳ねのけ、枕もとの携帯を手に取る。電話ではなく、メールの着信だった。
『オハヨウ、坊主』
「光助さんからだ」
『ボス ヨリ、追加デ確認ノ電話ガ入ッタ。コノ間、君ト結子ガ見カケタトイウ犬ヲ発見シタラ、一応捕マエテ連絡シテクレ……ダソウダ』
「なんでわざわざ片言なの?」
などと朝っぱらからツッコミを入れつつ、メールを返信する。
「了解です……と。おかげで早起きしちゃったな」
時計を見ると、朝六時になる五分前だった。
「そうだ、今日から僕も犬探しを手伝うことにしたんだった」
昨日の夕方、直人が自分から頼んだのである。犬を探すだけなら特別な才能は必要ないだろうし、普通に部活をやるよりは面白そうだと判断したからだ。
「断られなくてよかった。しかも……」
携帯を見る直人の瞳が、嬉しそうに輝いている。すると、再び携帯にメールが届いた。
「あ、光助さんからだ」
『追伸――』
その文章を読んだとき、直人の表情は固まった。
『結子ノ電話番号トアドレスヲ教エテ貰エテヨカッタナ。ガンバレ、恋スル青少年』
沈黙。長い沈黙ののちに、直人はひきつった声を上げた。
「……バレ、てたの……?」
脳裏に、結子の爽やかな笑顔が浮かぶ。その向こうに、ニヤリと笑みを浮かべる光助の姿が見えたような気がした。
「うわああああああっ!」
朝の青空に、顔を赤くした青少年の悲鳴が響き渡った。
通学路の途中で、結子と会った。
「おはよう。積里君」
「あっ……お、おはよぅ、平崎さん……」
思わず顔が赤らむ。が、結子自身は直人の気持ちに気付いていないらしく、急に視線をそらした直人の顔を覗き込んだ。
「どしたの?」
その行為が、ますます直人の顔を染める。
「いっ、いや……なんでも、ないよ」
「そう? ならいいけど」
そう言って結子は歩きだす。直人もすぐそれに続いた。
「今朝、光助からメールもらった?」
「うん。なぜかカタカナばっかりの」
「アハハ。アイツいっつもそうなのよね。口頭でも文章でも普通にしゃべれないの」
二人はわざと遠回りしながら学校へ向かう。当然、歩きながら目的の犬を探すためだ。
「本当に大人しい犬だったらいいけど、この間のやつみたいに凶暴だったらどうしよう」
「もしそうだった、らちょっと面倒ね。ま、私の敵じゃないけどさ」
野球ボールをもてあそびつつ、結子は得意げな笑みを浮かべる。
「そういや、あの時のケガ、大丈夫だった?」
「あ、うん。もともと大したケガじゃなかったし」
そんな話をしていると――。
「ワン、ワァンッ!」
近くで、犬の鳴き声がした。攻撃的な、聞き覚えのある鳴き声だった。
「結子さん!」
「行こう、積里君!」
二人は声の発信源へ走って行く。そこは、住宅地の中にポツンと存在する空き地だった。その空き地内に置かれた土管の前に、あの茶色い大型犬が座っていた。
「あれ、この間のやつだよね?」
「そうみたいね」
しかし、二人はすぐに空地へは入らず、塀の影からその犬を見ていた。というのも、その犬が一人ではなかったからだ。
「よーしよしよし。元気な声だぞ、ハク」
土管に腰掛け、犬にエサを与える人物がいた。直人達と同じ高校の制服を着ており、金髪や首に幾重にも巻きつけた首飾りが、いかにも遊び人風な男子だった。
「誰アイツ。積里君、知ってる?」
「ううん、知らない。……もしかしたら一年生じゃないのかも」
男の学年章を確認すべく、二人がゆっくりと動き出した時。
「そこにいる人達。何コソコソのぞいてんの?」
男がそう言った。視線は、しっかりと直人たちの方へ向けられている。
「別にかみつきやしないさ。なぁ、ハク」
「グルルル……」
言葉とは裏腹に、犬のうなり声は凶暴そのものであった。しかし、覚悟を決めたかのように、結子は空き地へ踏み入った。直人も後に続く。
「初対面でなんだけど、ちょっといい? その犬、あなたのペット?」
ぶしつけに質問を繰り出した。男の学年章は二年生のものだったが、結子の言葉は先輩に対する口ぶりではない。相手を警戒するような、硬い口調だ。それほどこの男は不審な空気を放っていた。
「いきなり何言ってんの? ってカンジだけど……。ま、答えてやるよ」
「グルル……」
体を低く沈めて警戒態勢をとる犬の頭に、ポンと手を載せながら男は言った。
「こいつはハク。オレの言うことならなんでも聞いてくれる、利口で頼もしい奴さ」
その声に、嘲笑うかのようなニュアンスがあることを、直人は背筋を震わせて感じた。