第十六話・可愛いカノジョ
「今日もダメ……か。思った以上に面倒な仕事ね、これ」
結子は公園のベンチに腰掛け、休憩をとることにした。放課後からずっと歩きっぱなしだったため、足がパンパンになってしまっている。
「ケリー、なんか飲む? おごってあげるわよ」
「……」
反応がない。ケリーはベンチには座らず、公園の入り口付近をウロついていた。
「なによー、そんなに早く帰りたいのー? 少しは休ませてよ……」
そう言いながら指圧マッサージで足の筋肉をほぐす結子を見て、ケリーはため息をつくように目を瞑り、ベンチに向かって歩き出した。
「私はアンタほど狭い道に慣れてないんだから、大目に見て? そこの自販機でアンタの好きな飲み物買ってあげるからさ」
「……」
ケリーは無言のまま、首を上下に振る。好物の缶入りコーンポタージュを飲んでから帰るのも悪くない、と判断したのだろう。
「最初に、ボスと知り合ったんはおりゃやった」
光助が直人に語る。「ボス」は『そこから先は、そっちで話してくれ』と言ったきり、電話を切ってしまったのだ。
「二年ぐれえ前やったけ。ちょっとしたこつかいボスと知り合って、何度か電話するうちに、逆にボスかい相談ば受けたとよ。助けてあげたい人がいる。けれど、自分が動くわけにはいかない。……てな」
「そ、それで、光助さんが代わりに引き受けたんですか?」
その質問には、光助ではなく丈二が答えた。
「その光助に話を聞いて、俺が立候補したんだ。俺と光助はガキの頃からよく一緒に遊んでたからな」
「一番最初ん仕事は、子どもをあやすこつやったなぁ……。養護施設ん預けられた子どもが、周りの人間に馴染まんとかなんとか」
光助はその時の記憶を思い返すように、遠い目をしている。
「まぁそんなことがあって、俺たちに出来ることがあったら連絡してくれってボスにお願いしたんだ」
「おりゃらん偏才は、日常生活ん中じゃあ使う機会がねぇかいね。……自分に出来ることをやりたい、それが人の役ん立つことやったら尚更いい。ただし、あくまでも深追いはしない。最低限やれるこつだけやって、決して調子ん乗らんっちゅう条件付きてやっとる」
「あえて言うなら、自己満足ってヤツだな」
(え……)
などと、丈二が自分で言い出すのだから直人は驚いた。
(なんか……イメージ違うな。本当に子どもの遊びみたい……)
そう思ったが、すぐに別の質問が浮かんできたためその思考はすぐに消えた。
「あの、平崎さんは……どうやって、ここに来たんですか? 平崎さんも昔から知り合いだったとか、ですか?」
「んにゃ……」
光助が小首をかしげる。
「詳しいこつはおりゃもジョーも聞いとらん。一年と少し前ぐらいけ? ある日ボスかい連絡があって、新入りとして紹介されたとよ」
「ボスの方から紹介されたってことは、結子が悩み相談の電話でもしたんだろ」
(結子さんが、相談……?)
直人にとっては意外なことだった。中学時代の結子は、親友の明石と共にただひたすらにソフトボールに打ち込む快活な少女という印象だった。二年の秋までは。
(あ、そういえば……)
一時期だけ、そうでないことがあった。それはソフトボール部を引退してから三か月ほどの間。仲の良かったキャッチャーの明石とも疎遠になり、クラスメートの誰とも話をしようとしない、暗い少女になっていた時期があったのだ。
(一年と少し前……そうだ、平崎さんがまた元気になったのもその時期だ。ってことは、平崎さんが相談したのって、ソフト部をやめたことに関係あるのかな……?)
ひょっとしたら、結子の引退理由がわかるかもしれない。直人は当時の記憶を引っ張り出そうとするが、それはすぐに中断された。
「ただいまー、今日も見つかりませんでした〜」
当の結子本人が帰ってきた。
「おう、お帰り」
「ダメやったけ? ケリーがおりゃあどうにかなっと思うたけんなぁ」
光助が再び首をかしげる。この言葉を聞いて、直人の思考はまたも変わった。
「あの、そういえばケリーさんって……」
「ケリーなら一緒に帰ってきたわよ。もうすぐ来るはず」
そう言って、結子はなぜか窓の方を向いた。
(え? 窓?)
つられて直人もその方を向くと、いた。開いた窓から、ケリーが入ってくるところだった。
「どんげね。おりゃんカノジョは」
色が白くて背が低く、光助の言う事しかきかない可愛い――。
「にゃあ」
「カワイ、イ……」
雑種の、白いメス猫が窓から入って来て光助に飛びついた。
「コイツがケリーや。ウソは言わんかったろ?」
確かに、日本「人」ではなかった……。