第十三話・『ボス』と『ケリー』
放課後となった。学校の玄関にて、直人と丈二が話をしている。
「で、あの金渡してくれた?」
「うん。最初は嫌がってたけど、被害者の人に返しておくってさ」
二人は、光助を待っていた。丈二の提案で、男三人で図書館へ行くことになったのだ。直人は結子と一緒にいきたかったが、何やら他の「仕事」があるらしい。
「あー、それにしてもムカツクなー、あのかずってヤツ」
その和仁はバスケ部の練習に行っている。
「自分が手を出して負けたくせに、俺に八つ当たりするなっての。あ、アイツに俺はイカサマやってねぇってこと言うの忘れてた」
イライラと歩き回っているところを見ると、本当に腹が立っているようだ。
「かず君って、けっこう感情の起伏が大きいから……。普段は明るくて面白い人だよ」
「バスケが上手いからってチョーシ乗んなっての〜」
直人がフォローを入れるが、丈二の耳には入らない。一度意地を張るとしつこい性格らしい。
「あ〜あ、腹立つなぁ〜、もう」
「ね、ねぇ、光助さんずいぶん遅いよ。三年生は何か行事でもあるのかな」
とりあえず、直人は話題をそらした。
「いや、今日は何もねぇって聞いてたけど……」
「それにしても遅い」
「遅いねぇ」
「早くこねーかな」
「そうやね。いつ来っとかしらん」
「……光助。イキナリ会話に混じるな」
いつの間にやら、光助が直人の後ろに現れていた。
「いや、遅うなってスマン。結子に仕事んこつで頼み事されてな」
「あいつの仕事って……ああ、ケリーにお願いしたのか」
「ケリー?」
明らかに日本人ではない名前だ。おそらく女性だろう。
「あの、ケリーって……?」
「ああ、直人にはまだ紹介してなかったな。俺たちの仲間だよ」
この頃から、丈二は「積里君」と呼ばなくなっていた。
「あ、三人だけじゃなかったんだ」
「ん……まぁ、の……」
なぜか光助は言いよどむ。
「どんな方ですか? ケリーさんって」
「どんなって、そもそも……ムグッ!?」
丈二が開きかけた口を、突然光助の手がふさいだ。
「グッ……う……?」
「そやねぇ、色が白うて、背が小さくて……可愛いやっちゃ」
その体勢のまま、光助が説明し始める。
「へえ、キレイな人なんですね」
「そうそう。ただ、ちぃっと気難しくてな」
そう言う口元が、ニヤリと笑っている。
「さっきも、結子ん仕事を手伝っちくりゃるごつ頼んでやったとよ。おりゃん言うことしか聞かん奴やかいな」
「えっ! もしかして、そのケリーさんて……」
直人の顔が、ほんの少し赤くなる。
「その、もしかして……光助さんの、カノジョ……ですか?」
光助の口の端が、ニィィ、と吊りあがる。
「まぁそんなところだ。本当に可愛いやつでなぁ……」
「ングッ! ンーーッ!」
もがき暴れる丈二を無視し、笑い声をあげる光助であった。
「……ふあ〜あ、春の昼下がりは眠いわねぇ……ケリー」
結子は、朝通ったのとは違う路地をケリーと共に歩いていた。
「春眠、暁を覚えずっていうけど、昔の人はズバリと真実を言い表したものね」
などと話し続けるが、ケリーは返事を返さない。黙って結子の前を歩き続ける。
「はいはい。アンタは日本人の文化なんて興味ないわよね。興味あるのは仕事と光助だけなんでしょ」
「……」
光助、の名が出た途端、ケリーの足がピクリと止まった。
「あらら、素早い反応だこと。さっさとお仕事すませて図書館行きましょうね」
結子が笑うと、再びケリーは前を向いて歩きだした。
一方、男三人は図書館の秘密部屋に到着した。
「くああ……春の日射しがいい感じにあったかくて眠くなんなぁ……」
丈二は窓のカーテンを開け、大きくあくびをする。
「この本の古いほこりの臭いがまた……静けさとあいまって眠気を誘うんだよな」
「こういう時だけ本が好きになっなぁ、お前は」
カバンを適当に放り出し、閲覧席に腰掛ける。
「さて、坊主。いよいよボスについて話ちやっけ」
「お、お願いします!」
直人の声に力がこもる。ここまでの道のりが妙に長かったのだから仕方ないだろう。
「まず……ボスがどこの誰なのか。それは」
「それは?」
ゴクリ、とツバを飲む。
「知らん」
「ってええっ!?」
思わず叫んでしまった。
「いやいや、冗談やねーとよ。本当に、おりゃもジョーも結子も、直接ボスと会ったこつはない」
光助の目は真剣である。
「会ったことはないって……じゃあ、どうやって仕事とか受けるんですか?」
「電話だよ」
丈二が口を挟んでくる。
「俺たちはみんな、それぞれの事情があってボスのところに電話した。それが最初のきっかけさ」
「電話? あっ!」
またも直人は大声をあげた。今までの会話で、ある心当たりが浮かんだのだ。
「もしかして、その電話って悩み相談の……」
「そうや」
光助が、無人の貸出カウンターを指さす。そのカウンターの奥の壁に貼ってあったのは、確かに直人が見たものと同じポスターだった。
『お悩み相談・どのような悩みでもご相談ください。もしかしたら……解決なさるかもしれません』