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第十二話・プロフェッショナル

 丈二の襟を掴んだまま、和仁は言う。


「先公にチクって自分だけ逃げるとかよ、そりゃ卑怯じゃねぇか」


「別に。そう思いたければ勝手に思ってくれていいし。……つーか、最終的に先公にチクったのは俺じゃない。俺の役目は金を取り戻して逃げることだけだ」


「役目? なんのことだよ」


 和仁の視線が直人の方に向けられる。


(えっ、僕に聞かれても……)


「……依頼や。さっき言った被害者の負け金を回収して、同時に二度とあそこで博打が打てんようにしちくり、と頼まれたとよ」


 光助がフォローを入れる。


「依頼? 子どもの探偵ごっこじゃあるまいし……。フザけてんのか?」


(……僕もそう思う……)


 が、現に丈二は屋上から飛び降りている。遊びでできることではない。


「……じゃあ、誰がチクったんだ?」


 質問を変えると、答えは意外な方向から帰ってきた。


「あ、それは私の役割だった」


 結子である。


「平崎さんが……?」


「そう言う書き置きを職員室に置いといてくれって、昼休み前に光助に頼まれたのよね」


「おりゃが自分でやっと足がつくかいね。……それん、あそこで行われるギャンブルばやめさせるにゃぁ、一番手っ取り早い方法やと思うぞ?」


 和仁は、一人だけ三年生である光助や同じ中学出身である結子の言葉に戸惑いながらも、丈二に向けて反論する。


「……どっちにしろ、チクって教師に捕まえさせるってのはセコいんじゃねーか? しかも、運が悪ければ俺まで処分を喰らう羽目になったかもしれねーんだぞ」


 そう。実際に、捕まったリーダー達は後に停学の処分を受けることとなった。和仁はひたすら被害者であることを主張し続けることで、職員室から早々と解放されたのだ。


「もしも俺が依頼者で、さっきの三年達の巻き添え食らって停学になったりしたら……大失敗じゃねぇか」


 和仁の言うことはもっともである。だが、最後の部分だけ少し違った。


「失敗でもなんでもねーよ」


『え……?』


 直人と和仁は、同時に声をあげた。


「おりゃらん仕事は、金を取り戻し、博打をやめさせるこつや」


「ボスに言われた内容は、それだけだから」


 光助に続き、結子までもが声を冷たくする。


 そして、わざと物々しく、丈二が言い放った。


「それ以外は、何がどうなっても全く問題ない。俺たちは子どもの探偵ごっこじゃないんだからな」


 ざぁ……と、風が木の葉を揺らす。直人は、制服の隙間から寒い風が入ってくるのを感じた。


「な、なんだよソレ。要求以上のことはしねぇって、それでプロフェッサーでも気取ってるつもりか!?」


 和仁が声を荒くする。丈二の襟をつかんでいたその両手には、もうあまり力が込められていなかった。


「……俺たちに出来ることは、限られてるからな」


「あ?」


「何から何まで、俺たちの手だけで完全に解決するなんて高望みなんだよ」


 丈二の声に、少しだけ悲しみが混ざった。


「俺たちは天才じゃねぇんだ。全部上手くいかせようなんて最初から望んでいない」


「最低限のノルマができれば、それでいいのよ」


 先ほどまで笑い合っていた者の言葉だとは思えない。――自らを偏才と呼び、自分に出来ることだけに全力を尽くす者たち。


「目の前ん目標を果たすだけで、精一杯やっつよ」


 光助が力なく笑った。


「……わけわかんねぇよ。お前」


「お前ら、じゃなくて?」


「お・ま・え! あとそこの三年!」


 和仁は襟から手を放し、光助を指さす。


「……結子は?」


「平崎さんは……」


 一瞬、視線を結子に向けるが、すぐに丈二の方に向き直る。


「いいんだよ、平崎さんは! お前たちがだましたかなんかだろ!? 俺中学ん時から知ってるけど、こんなことやってなかったぞ!」


「だました、とは心外やなぁ……」


 光助が低く笑う。


「かず……って言ったっけ? アンタ、ずいぶんと結子のこと持ち上げるけど、もしかして結子のこと……」


「はぁっ!?」


「ちょっ……何言ってんのよ、ジョー!」


 和仁と結子が同時に抗議する。


(え……まさか、かず君も……?)


 直人は、ますます胸の動悸を早くする。その時、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り響いた。


 ちっ、と舌打ちし、和仁は丈二に背を向ける。


「……今日はこのぐらいにしてやる。だけどな、二度と俺をお前の遊びに巻き込むなよっ!」


「遊びじゃねぇっつの……」


 反論する丈二を無視し、和仁は去って行った。


(かず君……)


「坊主、今んやつとは知りあいけ? アイツはいっつもあんげ怒っちょっと?」


「あ、いや、普段はもっといい人です……」


 突然声をかけられ、しどろもどろに答える。


「バスケ部の天才って呼ばれてて、気前のいい優しい人なんです」


「ほーう、天才ねぇ」


 結子だけでなく、丈二や光助も『天才』という単語に敏感なようだ。


「ま、おりゃらがどう思われっかは、どんげでんいいこっちゃ。坊主、スマンけん……」


 光助は、和仁が払い落した封筒を拾い上げる。


「あの天才君に頼んで、こん金ば被害者に届けちくり。おりゃらが言うてん聞かんやろうかい」


「あ……はい」


 なにはともあれ、直人たちも教室に引き上げることにした。


「……私、ちゃんと自分の意志でここにいるんだけどね」


 帰り際に小さく結子がつぶやいたのを、直人は確かに聞いた。


(結子さんは、なんでこんな仕事をやるようになったのだろう。……ボスって人がかかわっているのかな…………あ)


 急に思い出した。


「そう言えば、ボスって結局……」


「あー、今時間ないし、教室で話すのもアレだから放課後な」


 丈二がそう言い、「おあずけ」は続くのであった。

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