もしも七夕さまがこんな話だったら
ナレーション(以下ナレ)
ナレ 昔々、あるところに、彦星という働き者の牛使いがいました。彦星は周りか
らの人望も厚く、村一番の働き者との評判でした。今日も彦星は自慢の牛を
使い、畑仕事に精を出していました。
彦星、くわを持って登場。
彦星 さあ、今日も畑仕事、頑張るぞ。おいしい野菜を作るために、きちんと畑を
耕さないとな。
友人の太郎、登場。
太郎 よう、彦星。ずいぶんと精が出てるんじゃねえか。
彦星 おお、太郎じゃないか。そういうお前の所はどうなんだ?
太郎 うちも畑仕事が大変だよ。でもなかなかいい野菜が育たなくて。土も肥料も
いい物を使ってるのに、何でなんだろうな?
彦星 それはお前の愛情が足りないからだよ。何を作るにしても、愛情を注がない
と。
太郎 そういうものなのかなぁ? まあそんなことより、お前の所の牛はどうした
んだ? いつも畑仕事には牛が一緒にいただろ。
彦星 ああ、牛なら今向こうで食事させてたんだ。そろそろ食事も終わったと思う
から、呼ばないとな。おーい、牛。こっちに来い。
牛、登場。
牛 モー。
彦星 よしよし。食事はたくさん取れたか?
牛 モー
彦星 一緒に畑、耕してくれるか?
牛 モー!
彦星 よし、じゃあ今から頑張るぞ。
牛 モー!!
彦星と牛、仕事を始める。
太郎 いやー、それにしても、相変わらず可愛い牛だな。こんな可愛い牛と仕事が
出来るなんて、羨ましいよ。
牛 モ〜。(照れたように)
彦星 そうだろう。何て言っても、俺の自慢の牛だからな。
太郎 食べたらさぞおいしいんだろうな。
牛 モモっ!(怯えたように)
彦星 コラッ! うちの牛を食べるだなんて、そんな事は絶対に許さないからな。
太郎 冗談だよ。でもせめて、牛乳ぐらいは飲ませて欲しいな。
彦星 ああ、それは駄目なんだ。うちの牛、もう歳だから乳は出ないんだよ。せめ
てもう少し若ければな。
牛 モー!(怒ったように)
彦星 あはは、冗談だよ。さて、そろそろ仕事始めないと、日が暮れちゃうよ。
太郎 ああ、そうだな。じゃあ彦星、頑張れよ。
太郎、退場。
彦星 ありがとう。お前も頑張れよ。さあ、日没まで、俺たちも頑張るぞ。
牛 モー!
ナレ こうして、彦星は自慢の牛と共に、おいしい野菜を作ろうとせっせと
働きました。
一方その頃、遠く離れた地では、織姫という機織りが上手な娘が機を
織っていました。
織姫は天の神様である、天帝の一人娘でもありました。
織姫もそろそろ年頃の娘。父親である天の神様は、自分の娘にいい男は
いないかと、簡単に言うとお見合い相手を捜しておりました。
そんな時に、彦星の姿に目がとまりました。働き者の彦星に目を付けた
神様は、この男になら娘をやれると、織姫を合わせる事にしました。
織姫、上手から登場。
織姫 もう、お父さんったら勝手なんだから。私、お見合いなんてしないって
言ってるのに。私、格好良くて、背が高くて、筋肉もあって、しかもお
金持ちの男じゃなきゃ結婚なんてしないんだから。
ナレ 織姫は彦星と会う事に乗り気じゃありません。しかしそれは、彦星にと
っても同じ事でした。
彦星、下手から登場。
彦星 お見合いなんてやだな。なにせ相手は神様の娘だからな。性格きつそうだ
し、何か粗相があったらすぐに天罰が下りそうだし。どうせ結婚するなら、
普通の女の子がよかったな。
彦星、織姫、うつむきながら歩き出し、中央で二人がぶつかる。
二人 あ、どうもすみません。
彦星、織姫、見つめ合って目を見開く。
彦星 美しい……。なんて美しい人なんだ。
織姫 格好いい……。なんて素敵な人なの。
ナレ なんと、二人はお互いに一目惚れをしてしまいました。あんなに会う前は
嫌がっていたというのに、恋というものは分からないものです。
そして恋に落ちた二人は、あっという間に結婚してしまいました。
結婚行進曲がかかる。
彦星 ずっと幸せにするよ。
織姫 私の事を、離さないでね。
織姫、彦星、抱き合う。
ナレ 結婚してからというもの、二人は幸せに暮らしました。何をする時でも二
人は一緒。そんなある日、二人はピクニックに出かけました。
彦星 見てごらん、織姫。綺麗な花がたくさん咲いてるよ。
織姫 本当。とっても綺麗。
織姫、花を摘む仕草をする。彦星、織姫の肩にぽんと手を乗せる。
彦星 でも、ここにあるどんな花より、君の方が綺麗だよ。
織姫 やだ、彦星さまったら。そんな事言って、照れちゃうじゃない。
織姫、彦星の背中を思い切り叩く。彦星、その衝撃に倒れ込む。
織姫 やだ、彦星さま。大丈夫?
織姫、心配そうに彦星を助け起こす。
彦星 うう……俺はもう、駄目だ。織姫、今までありがとう。
織姫 そんな! しっかりして! 彦星さまがいないと、私、もう生きていけな
い。
彦星 なんて、嘘だよ。
彦星、元気に立ち上がる。
織姫 もう、彦星さまったら! ばかばか。
織姫、彦星の頭をぽかぽかと叩く。
彦星 ごめんごめん。ほんの冗談だって。織姫があんまり可愛いものだから、つい
からかってみたくなったんだよ。
織姫 もう、すぐ調子のいい事言って。もう知らない。
彦星 ごめんって。そんなに怒らないで。
織姫 やだ。絶対許さない。
彦星 どうすれば機嫌直してくれるんだい?
織姫 ……キスしてくれたら、いいよ。
彦星 織姫……
彦星、織姫の両肩に手を乗せる。二人、キスをするふりをする。
ナレ 織姫と彦星は、見ている人が石を投げつけたくなるぐらい、とても幸せそう
に過ごしていました。しかしそれによって困った事が起こりました。
働き者だった彦星は全く畑仕事をしようとせず、織姫もまた、機を織る事を
やめてしまいました。毎日毎日、二人は遊びほうけてしまったのです。
その事は天の神様の怒りに触れ、二人は天の川を挟んで引き離される事にな
ってしまいました。
彦星 織姫ー!
織姫 彦星さまー!
織姫、彦星、別々の方向に離れていく。
ナレ 愛する人と引き離された二人は、別れたからと言って元のように仕事が出来
るようになるわけがありません。お互いがお互いの事を思い、全く仕事に身
が入らなくなったのです。
そんな二人を見かねた神様は、二人に言いました。また以前のようにしっか
りと働くのであれば、一年に一度だけ、7月7日に会う事を許してやると。
それからというもの、二人はまた働くようになりました。彦星は牛を牽いて
畑を耕し、織姫は機を織り続けました。
そしてついに、二人にとっては念願の、7月7日を迎えました。
彦星 いよいよこの日を迎えたか。この天の川の向こう岸には愛しの織姫がいる。
しかし、どうすれば向こう岸に渡れると言うんだ?
ナレ 天の川は流れが速く、とても自力で渡る事は出来ません。天の川の岸に立
ち、彦星は途方に暮れていました。
するとどこからともなく、何羽ものカササギが飛んできました。カササギ
は見る見るうちに川の上に集まり、自らの体で橋を造ったのです。
彦星 これはすごい。これなら天の川を渡って、織姫に会える。待ってろよ、織
姫。今会いに行くからな。
ナレ 彦星はカササギの橋を渡り、向こう岸へとたどり着きました。そして、つ
いに織姫との再会を果たしたのです。
彦星 織姫……。
織姫 彦星さま……
彦星 やっと、会えたね。今日だけは、今日だけは君の事を離さないから。
織姫 お願い。今日だけは、今日だけは私のそばから離れないで。
織姫、彦星、そっと抱き合う。
ナレ 織姫と彦星はこの日だけしか会えないという約束を忘れることなく、7月
7日以降はまた別々に離れ、互いの仕事に精を出す事にしました。
こうして、7月7日の七夕という習慣が生まれましたとさ。めでたしめでた
し。