スマイル
ニューヨーク。オフィス街。そのなかでひときわ大きいビルから、男が出てきた。時刻は九時ごろ。本来なら今から仕事が始まるの時間だ。
男は花屋により、ひと束買うとそのまま墓地に向かった。花を墓に置く。墓石にはリサと名が刻まれている。
男はしゃがんだまましばらく無言でいた。自分の言葉は届かない。彼女はもうこの世にはいないのだから。
「こんにちわ」
男は突然話しかけられ、驚いた。振り向くと、少女が立っていた。歳は6~7歳くらいだろう。周りには少女の保護者らしき大人はいなかった。それどころか、この墓地にいるのは、男と少女の二人だけだ。
「ん? きみは?」
「あなたをたすけにきたの」
少女はたどたどしく言った。男は困惑した。こんな時間こんな所に少女一人とは不自然だった。
「家はわかるかい?」
少女は首を左右にふった。
「まいったな」
男はどうしたものかと思案していると、道路の方にパトカーが見えた。男は少女を警官に託そうとして少女に話しかけようとした。
「ん?」
今しがた話しかけられた少女がいない。男は周りを見渡す。が、いくら見渡してもこの墓地にいるのは自分ひとりだった。
朝。リチャードは憂鬱な気分で目が覚めた。いつものように身支度をしようとした自分に驚き、やめる。
(終わったんだ。もうあそこにいくことはない)
コーヒーを入れようとして、留守電に気付く。
「リチャード。元気? いつ帰ってくるの? お父さんが心配してるわよ」
母からの長い伝言。それをBGMにして、コーヒーを飲む。
そとは秋のからっかぜに木々が揺れている。
彼女、リサが亡くなってから十年。そしてちょうど十年で会社をやめた。
リチャードは彼女の死をいまだに全て受け入れられたわけではない。最後にまだ引っかかったものがひとつあった。
リサにあったのはもうずいぶん昔になる。お互い愛し合っていたが、彼女には夫と息子がいた。しかししばらくして私の子を身ごもった。夫は絶対に中絶させると言っていたが、彼女は生むことを決意し、夫と離婚した。しかし難産であり、しかも死産であった。その後彼女も感染症により亡くなった。
その時リサの息子ジェフは私を激しく責めた。あんたのせいだと……。それからジェフとは一度も会っていない。リサはジェフをとても愛していた。彼女は今、私のことをどう思っているだろうか。
母のメッセージが終わった。しかしもう一件メッセージがあった。
「リチャードさん。僕です。ジェフです。お久しぶりです。なんというか……今度会えますか? 返事待っています」
聞き覚えのある声。ジェフの声だ。会わないうちに大人の声色になっていた。
私は彼に電話し、会うことにした。どうせやることが無い。会うのは明日ということになり電話を切った。
次の日。
リチャードは待ち合わせの場所にいた。
(少し早すぎたか)
行きかう人々。肌にささるような風。今日は特別寒い。
リチャードはコートのえりを頬によせた。
「リチャードさん」
呼ばれたほうを見ると、ジェフがいた。昔の面影がある。
「久しぶりだね。……十年ぶりくらいか」
「はい……そのくらいです」
二人の間に微妙な空気がながれる。
「立ち話もなんだ。コーヒーでも飲みながら話そう」
二人は有名チェーンのコーヒーショップに入っていった。
「調子はどうだ?」
リチャードは席にすわり一息ついたところで言った。
「ええ……まあ、それなりです」
「そうか……」
お互いコーヒーを飲む。
「リチャードさんは?」
「ん? ああ…辞めたよ。仕事は」
「え?」
ジェフは驚きコップを置く。
「なんで!?」
「転職しようと思ってね」
コーヒーを一口飲む。本当は今後のことは何も考えていなかった。
「それよりなにか話があるんじゃないか?」
「え? ええ……母の事で……」
ジェフは一口コーヒーを飲み、意を決して口を開いた。
「もう忘れてください。母の事……。この間墓地に花をたむける姿をみました。もう大丈夫ですから。僕ももう恨んではいません」
「そうだな……」
リチャードは外を見て目を細めた。
「そうだな」
その声は哀しげであった。
二人は店を後にして、別々になった。リチャードはこのあとにすることが無いので、目に付いたベンチに腰かけた。
「かのじょはかんしゃしてるわ」
聞き覚えがあるたどたどしい声が隣から聞こえた。見ると墓地にいたあの不思議な少女が座っている。さっき見たときは確かに誰もいなかったはずだ。
「君は……!」
「あなたのちからになりたいの」
リチャードは突然の事に困惑していた。
「君、一人かい?」
「あなたにつたえたいことがあるの」
「?」
「あなたのことは今でも愛しているわ。だからもう新しい一歩を踏み出して。いつも見守っているから……」
「なっ、なんて!?」
少女の口ぶりは亡くなったリサそのものだった。
「リチャードさん!!」
突然名前を呼ばれて振り返るとそこにはさっき別れたジェフがいた。
「誰と話しているんですか?」
「え? この子と……ん?」
少女がいたほうを向いても、誰もいなかった。
「いま、女の子が……」
「リチャードさん。心配だからこっそりつけてきたのは正解だった。誰もいないよ。さっきから一人ごとを言っていたんだ」
しばらくリチャードが呆けていた。
「リチャードさん。その……今度仲間と会社を立ち上げるんです。もし、よかったら手伝ってくれますか?」
「え?……ああ。そうか」
少女のことが気になって話が頭に入らない。しばらく沈黙し、そしておもむろに口を開いた。
「リサはいいと言ってくれるだろうか?」
「もちろん!!」
リチャードは立ち上がり今は亡きリサの息子を抱きしめた。
「ありがとう」
そして二人は心からの笑顔をたたえるのであった。
ベンチには白い羽がひとつ、ふわりと置かれているのであった。」




