第九話
綾香が”聖光法術式円陣”の橋を渡りきった事を、確認した黒川。
その後に、黒川は、どうやらその”聖光法術式円陣”を回収しているようだった。
綾香はそれを見て、黒川が掃除機のようにも思えた。
「んで? その〝残滓〟は何処に出てるんだ?」
回収を終えてから、黒川が聞いてくる。
もちろん綾香も羅針盤を見つつ、〝残滓〟の場所を確認していた。
「えーっと、あっちかな。体育館の方」
そして、綾香は羅針盤を見ながら体育館へ歩き出した。
その後を、黒川も付いてくる。
「ねぇ。さっきのあの、あんすみ……なんとか、って術。魔術じゃ無いんだ」
「そう」
「だから、魔術師じゃ無いって、そう言う事なの?」
「一応」
非常に簡潔に答える黒川であった。
もう少し詳しく、と聞きたい綾香であるが、先にもう一度確認する事がある。
「うーっ。じゃ、じゃあ、異世界の人じゃ無ければ、なんだって言うの?」
「そこなんだよなぁ。説明が面倒そうな所」
黒川は、本当に面倒そうな声で言う。
「面倒でも教えて欲しいよ」
「じゃあ、とりあえず聞くけどさ。あんた異世界ってどういう所か知ってるか?」
「知らない……」
「じゃ、平行世界は分かるか?」
「あっ、それは分かる。って、じゃあやっぱり異世界――」
「それは違う。平行世界と、異世界は、全くの別物だ」
「……へ?」
「それはな。……ああ、あれってそうじゃないか? 〝残滓〟ってやつ」
話をしながら、歩き続けていたので、どうやら〝残滓〟の顕現している場所まで来ていた、綾香と黒川であった。
そこは、体育館の裏側であり、生徒の駐輪場がある場所であった。
それを確認してから、綾香は嘆く。
「うわーっ……結構大きし。こんなとこに出ないで欲しいよぅ。もうっ……」
「とりあえず、消したら?」
「もちろんやるわよっ。えーっと、黒き闇、我が身に宿りし、光に滅せよ。”聖光縛呪”」
「見事なもんだなぁ」
〝残滓〟が消滅する所を見ながら、綾香は聞く。
「何が?」
「その術だ」
黒川は、どうやら綾香の魔術を誉めているようである。
「俺には使えんな」
そんな事を言う黒川に対し、先程、綾香は黒川の見事な術を見ていた。
どっちが、と言いそうになった綾香だが、それは留めて、先程の話の続きを促した。
「それで、さっきの続きなんだけれど」
「ここでこのまま話すのか?」
「そ、そうだね。と、とりあえず、裏門向かうから。その間に教えてよっ」
そして、綾香は裏門の方へ歩き出す。
黒川は、綾香の隣に並んで歩く。
「で、さっきの続きだがな。異世界と平行世界は全くの別物」
「どう違うの?」
「うーん。そうだな。じゃあまず俺が言う世界って、なんだと思う?」
誰も居ない真っ暗な校舎内を歩きつつ、黒川は聞いてくる。
「……世界? うーん、そう聞かれると……」
分からない綾香。どう答えたら良いか悩む。
「じゃあさ。地球含めた、宇宙全部とか。とりあえず、高い技術や、時間なんかがどれだけかかっても、行ける場所を世界だと言う定義で考えてくれ」
「う、うん。……それで?」
そう言う綾香の頭の中には、銀河系だけが想像されている。
「平行世界ってのはさ。元は全部同じ世界だが、どこかの時間軸で、違う事が起こった世界なんだ。けど、異世界は違う。それは全く関係無い。元が違う世界の事を言う。……俺たちは、な。」
「……うん。……分からないし」
「……だよな」
そして、黒川は、「じゃあ」と言って、綾香に木を見るように促す。
そこは、少し先に弓道場が見える、この学校の図書館の前の木である。
暗い校舎であるが、月明かりでその木は見える。
「あの木の、どれかの葉っぱ一枚が、その宇宙とか、全部ひっくるめた、この世界だと思ってくれ」
「う、うん」
綾香は、一番最初に目が行った葉っぱを見遣る。
「あれは、同じ木から、枝分かれして出来た葉っぱだ。じゃあ、その一枚が世界だとしたら? 他の葉っぱは何だと思う?」
「……え? ……お、同じ木の葉っぱだから、同じでしょ?」
「でも、別の葉だ」
「あ、うん」
その綾香の言葉を確認してから、黒川は続ける。
「けどさ。同じ木の葉でも、全く同じ形や大きさじゃないだろ? そもそも、別々に存在する」
「う、うん」
「それが、平行世界だ」
「……え?」
少しだけ分かりかけて来た綾香。
そんな綾香に、更に黒川が言葉を乗せる。
「じゃあ、あっちの木は、同じか?」
そう言われたのは、別の木である。
「同じ……じゃないかも……」
「そうだな。あれは、違う種類の木のようだな。それが異世界だ」
そして、少し分かりかけてきた綾香であるが、それはこの黒川が言う世界の定義である。
「同じ木に出来た葉っぱは、どんなに形が違っても、その木の葉っぱだ。でも、違う種類の木は違う。その別の木から出来ている葉っぱだ」
黒川が言いたい事は、平行世界は、元は同じ所から、枝分かれして出来た世界であり、異世界は、全く別の所で出来た世界であるという事を、綾香は理解してきていた。
だが、それなら、と綾香は考える。
「じゃあ、黒川君は異世界じゃなくて、平行世界から来たって言うの?」
「それなら近いな」
「近い……?」
「ま、途中を省けばそうなる」
「よく分からないんだけど……」
結局は、分からなくなる綾香。そして、黒川は続けた。
「俺の出生は、ここの平行世界らしいな……」
「……え?」
その言葉の後、黒川は少し閉口し、周りを見ているようであった。
綾香も何も言わなかった。
何故か、今、彼に聞くのは憚られた。
そういう空気だった。
「さて、あんたまだ良いのか? まだあれを探すのか?」
「あっ。えーっと、い、今は……」
綾香はそれを聞いて、校内にある、時計を見る。
もう帰らないと、母親が心配する時間であった。
「あっ、こ、こんな時間! 帰らなきゃ」
「じゃ、ここまでだな」
今居るのは、弓道場のすぐ側であり、裏門もすぐそこに在る。
ここの裏門は、施錠がされない。
良いのだろうか、と綾香も考えた事はあるが、わざわざ、夜忍び込むような事をする人も居ない。
ここはそんな田舎である。
綾香と黒川は、裏門を出る。
そして、黒川は、「じゃあ」、と言って去っていった。
綾香はそれを見送り、自分も家に帰ろうとして、はと気が付く。
(…………結局、じゃあ……魔術師じゃないけれど、同じような術師ってことなのかな……)
黒川の居た平行世界には、そんな術や、術師でも存在していたのか、じゃあ何故、今ここに居るのか。
そんな事を聞いていない事に、綾香は家に帰りつつ、思い至っていた。