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第五話


 次の日、いつも通りに学校に行った綾香。

 チャイムが鳴り、教室に担任の教師が入ってくる。

 しかし、いつものように来た担任の教師は、見知らぬ人を連れてきていた。


「ねえ、綾ちゃん、あの人誰かな? 転校生かな?」


 隣の席の、上崎絵理かみざきえりに声をかけられる。

 絵理は、そのボーイッシュな容姿を、こちらに向けて聞いてくる。


「え? あ。……あっ!」


 綾香のクラスの担任の、女性教師の牧野めぐみ先生。

 ボブカットに、ジャケットとスカートスーツ、白のブラウスを身に着けた、若い女性教師である。


 その後ろから、綾香が一昨日見た、あの男性の顔が見えていた。


「みなさん、こんな時期で珍しいんですけれど。転校生が来ました。黒川君、自己紹介を」


 教壇に立ち、皆に聞こえる、よく透った声で、牧野はクラスメイトに言う。


黒川彰人くろかわ あきとです。よろしく」


 牧野から、紹介を促されたその男は、非常に簡単に自己紹介をした。


「……えー、黒川君。ほ、他には?」


 牧野は、すこし戸惑いつつも、黒川に他にも何かを言うよう促す。

 

「ん? 他……。んー。ああ、そうだ。自分、弓道部に入るつもりです。よろしく」


「あ、あら、そうなの? 丁度、あなたの席の前の子が、弓道部よ」


 そして、牧野は、黒川に席の場所を教える。

 綾香の席は、窓側の一番後ろと言う素晴らしい席だったのだが、これでは後ろに人が出来てしまう。

 

「ふーん」


 黒川なる人物は、綾香の方を少し見る。


 男子の平均よりは、多少背は低いだろうか。

 端正な顔立ちと、鋭い視線でをしている。

 しかし、あまりおしゃれには気を使っていないのか、その黒髪はざんばらである。

 かっこいいかどうかは、まあ、悪くは無い。

 むしろ、綾香好みで格好良い。



 だが、初めはそんな事も思ったが、いやいや、と考え直す。


(あ、あの人、確か一昨日の……。私の後ろ? た、確かに空き机、在るけど。……で、弓道部?)


 クラス中の人も、少しさわさわと話をしている。


 ここのクラスには、こう言った時に、代表して発言をしようという、積極的な人物は居ない。

 だから、こういう時でも質問が飛ぶ事はあまり無い。


 綾香は、黒川をまじまじと見ていた。


「あれ? 綾ちゃん、知ってる人?」


「え、あ、う、うん顔だけ、その、見たことがあったから……」


 隣の絵理から、そう聞かれ、とりあえず濁すように答えた綾香。


 黒川彰人と自己紹介したあの時の男は、牧野に指定された席に歩いてくる。

 そして、綾香の横を通る前にちらりと見る。

 更に、他の人は気にしていないはずの、羅針盤を見てから、何も言わずに席に座った。


(……あ。この人……見えてる……)


「ね、黒川君。珍しいねー、こんな時期に」


 席に座った黒川に対し、絵理が小声で質問する。


「ああ、うん、まあちょっとな」


 非常に簡潔に答える黒川。しかし、絵理はそういう事はあまり気にしない。


「あ、私、上崎絵理かみざきえり。で、こっちの子が、弓道部の間渡綾香ちゃんだよ」


 絵理に、無理やり紹介される綾香。


「え、えっちゃん!」


「んー? どしたの? 綾ちゃん」


 絵理は親切に紹介してくれただけなのだが、綾香からすると、この黒川なる人物は、かなり怪しい。

 そう思う、綾香も、本来は怪しいのであるが……。


「ねーねー、黒川君って、弓道部に入るのー? なんでー?」


 変わらず絵理は、黒川に話しかける。


「ああ、うん。前もやってたから、だな」


「へー。ねえ、綾ちゃん、うちの高校の弓道部って、確か男子少なかったよね?」


 絵理に話を振られ、渋々答える綾香である。


「え、うん。そうだけど……」


「今、何人居るんだ?」


 その答えに、黒川は食いついてくる。


「え? え、その、い、今全員で、確か七人で、一年は二人だけ……」


「ふーん」


 その黒川の言葉は、綾香から見ると、どうも白々しく感じる。


「懐かしいもんだな……」


 綾香は、ボソッと呟いた黒川の言葉に耳を傾けていた。

 今の呟きを聞こえたのは、綾香だけのようである。


(懐かしい……? 何が?)


 そして、そのまま授業が始まったので、クラスの人達は静かになった。


 授業が終わり、休み時間に何人かが、黒川に対して話をしに来ていた。

 その席の前に居る綾香は、ここのクラスにしては、珍しくここが煩く感じていたのだった。



「なぁ、黒川って何処から来たんだ?」


「ああ、うん。名護野から」


(ほんとかしら……?)


「おお! 都会っ子か」


「いや、田舎の方だ」


「なんでこんな時期に?」


「うん、親の仕事の都合で」


(嘘じゃないの?)


「なんで弓道部なんだ?」


「ああ、前やってたから」


(それはさっき言ってた……)


「でも、なんでこんな田舎に来たんだろうな。ここ何も無いんだぜ?」


「知ってる。ま、仕方ないさ」


(……何が?)


「でもー、学校の雰囲気だけは良いよ?」


「うん、そうだな」


(えっちゃん、わざわざ話しかけなくても……)


 いちいちその言葉に、心の中で突っ込む綾香。

 そして、絵理はわざとでは無いのであろうが、綾香に話を振ってくる。


「ねぇ、綾ちゃんどうしたの?」


「え! あ、ご、ごめん、えっちゃん。考え事してて……」


「黒川君、今ね、このクラスの弓道部は綾ちゃんだけなんだよ。ねぇ綾ちゃん」


「そ、そうだけど……うん。そうだけど」


「ふーん」


 そんな事を話していると、チャイムが鳴った。

 休み時間が終わったようである。

 綾香は、ようやく静かになると思った。


 そして、その日は、しばらく後ろが煩く感じていた綾香は、昼食を取った後、昼休みに屋上へ来た。


(あれ、あの人、お昼居なかったような……)


 この学校には、学食は無い。

 だが、その代わりパンを売っている。それを買いにでも行ったのだろうか、と考える綾香。


「なあ、ここって入って良いのか?」


 外を見ていた綾香に、突然後ろから声がした。

 綾香は、反射的に、”聖光弓一線ティラアルコ”を構えてしまった。


「あっ! ……あ、えっと、く、黒川、く、ん」


「それさ、まじ痛そうだから止めて下さい」


 黒川は、一昨日と同じように両手を挙げた。


 しかし綾香は、やはり知っている、気が付いている、と確信をした。

 綾香は、”聖光弓一線ティラアルコ”を解いてから、もう一度聞いてみる。


「あなたは、何者なの……?」


「うん、まぁ、なんかさ。勘違いされてそうだからな。説明しても良いけど。全部は長いぞ?」


 淡々と答える黒川。しかし、綾香にはまだ現状が把握できていない。

 そして質問を続ける。

 

「堕ちた魔術師……じゃないんですよね?」


「違う、と思う」


 あやふやな回答をする黒川に、綾香はさらに質問を続ける。


「思う? どういう事?」


「その、堕ちた魔術師ってのがさ、俺にはよく分からん。何を指してそういってんだか分からんから、俺は違うと思うけどって事」


 綾香は、そう言う事か、と少し納得しかけたが、前の言葉を思い出しつつ、質問をする。


「でも、魔術師でもないって……」


「ま、違うな」


「じゃあ、何者?」


 同じ事を聞くしか無い綾香。


「うーん、どう言ったら良いかな。平たく言えば、別の世界から来た」


「…………は?」


 適当な事を言っていると感じた綾香だが、逆に質問を返される。


「で、ここ入って良いのか? 確か、駄目だった気がするんだが……」


「あ、あなたも来てるじゃないですかっ。じゃなくてっ。何、今の、……べつの、せか……?」


 どう言う事か分からない綾香。しかし黒川は簡単に答える。

 

「うん、まぁいいや」


「良くないですっ!」


 あまり話が噛み合わない二人。しかし、明らかに一般人でも無い。

 綾香は、一度深呼吸をしてから、再度質問を続けた。


「と、とりあえず、あなたは、魔術は、知ってるんですよね……」


「まぁ、それなりに」


「”聖光弓一線ティラアルコ”も見えてましたね」


「それは何の事だ?」


「また、撃ちます?」


「あ! さっきのあれ。いやいいデス」


 名前を知らないわりに、黒川は、綾香の魔術の攻撃を恐れているようである。


「……それで、これも、認識出来てるんですよね?」


 綾香は、羅針盤を見せながら、黒川に問う。


「ああ、うん。そっちは分かった。確か、物を人の気から逸らす魔術だよな?」 


「ええ。ここの屋上も、それをかけてます」


「いいのか、それ……」


「私が居る時だけだから、良いんですっ!」


 どうやら、魔術が分かると言うのは間違い無さそうだ。

 一般人なら、”聖光弓一線ティラアルコ”は見えない。

 そして〝残滓ざんし〟も同じである。


(……あれ? で、でも)


 ふと綾香は気が付く。


「な、なんで認識できてるんですか?」


 綾香がこの羅針盤や、屋上にかけている魔術は、事前に対策をしておかないと、魔術師であっても分からない事があると聞いていた。

 簡単な魔術であるが、そういった点は非常に優れている魔術である。


「ん? いや、見せてくれたじゃないか。……ああ、『なんで分かったか』なら、そっち系の術は、俺、慣れてるから」


「な、慣れてる……?」


 魔術に慣れている。綾香は、そんな人間に今まで会った事が無い。


「ああ。だからさ、初めは分からなかったけど、今は効かない」


「それってどういう――」


 綾香が、質問を続けようとしたその時、昼休みの終了を告げる鐘が鳴った。


「さて、戻らないとな……」


「あ、ちょっと!」


「ここのも、そろそろ切れるんじゃないか?」


「……あ、そ、そうだ」


 ここにかけた魔術の効果も切れてしまう。

 もう、戻らないといけない。


「ま、時間はあるしな。聞きたかったら、また教えるよ」


「ほ、本当ですね?」


 綾香は黒川に念押しする。


「ああ。あ。あとさ、放課後、教えてよ」


「……え?」


(な、何を……?)


「ほら、あんた、弓道部なんだろ? 俺も入るから」


「……あ」


 綾香は、そうだったと思い出す。


(この人、弓道部に入るんだっけ……)


 黒川は、先に屋上から出て行った。その後、綾香も魔術が切れることを感じつつ、屋上を後にした。



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