第四十八話
「――――と言うわけでだな。今の俺には前みたいに術を使う力が無い。今の所、回復する兆しも無い」
「ちょ、ちょっと待って。貴方が言う異物って、まだ五体は居るのよね?」
「俺がこの世界に来る前に聞いた情報通りなら、そうなる。ついでに『鴉』とやらも含めれば六体だな」
どうやら、菜穂ですら彰人の力の事は、やはり分かっていなかった様子だった。
菜穂が感じているのは、魔力がメインのようであるので、当然と言えば当然である。
そもそも彰人の扱う〝聖光力〟はこの世界に存在しない。
していれば、とっくに回復しているはずである、
「で、俺が聞きたいのは、緑さんは俺が使う力の源を知らないか、って事だったんだが。その様子だと知らなさそうだなぁ」
「知らないわ。けれど呼び方が違うだけなのかも。もう一度確認したいわ。何か術を使えるかしら?」
「うーむ、今言ったようにほとんど力が残って無いからなぁ。無駄遣い出来ないんだが……」
とは言え、菜穂が言うように確認して貰わなければ、確かに検討しようにもし辛いだろうと考え、彰人は一応今の残りでも使えて、回収が出来る小さな〝聖光法術式円陣〟を作り出した。
「これ、俺の得意な術だ。〝聖光法術式円陣〟って術でな。あの時、綾香の〝聖光弓一線〟を反射させたのもこの術だ。今見せれるとなると、こんだけだけどなぁ」
それは、手のひらよりも小さな〝聖光法術式円陣〟だった。
それを彰人は指先に掲げて見せる。
「そう、言われて感じてみると、確かに魔力とは違うようね……けれど黒川君、確か貴方、綾香に魔力を渡したそうじゃない。なら、魔力も持っているの?」
「その聞き方だと分かってるみたいだけどな。ま、違うよ。俺の〝聖光力〟を変換した魔力だな」
「そうよね。貴方からは、魔力は常人程度しか感じられないもの。だからこそ、私は貴方を危険視した訳だけれど。じゃあ、魔力をそちらの力に変換出来ないの?」
「出来てたらとっくにやってる。出来ないから困ってる」
そして、菜穂もまた頭を押さえ答える。
「私が教えれる範囲だけれど。そんな力は知らない、当然変換なんて分からない、よ」
教えれる範囲と言いながら、それは答えとほぼ同等だった。
つまり、菜穂にもどうしようも無い、と言う事である。
「……困った。まじで困った。これどうすんだよ……」
異物を排除するだけならば、綾香の術は特殊なのでそれでも問題無いが、この前のように人型になり、かつあのような動きをされるとあっては、綾香だけでは仕留めるのは厳しいだろう。
かといって通常の彰人では歯が立たない。
通常時の彰人でも、常人を遥かに超えた身体能力を持つが、それでもあの魔術と異物が混じった物は、それを超えていた。
相手が普通の人間ならばどんなに楽か。
しかし、相手はそんな生温い相手では無い。
彰人ですら、あの〝聖光体増〟を重複行使しないと、着いていく事の出来ない程の相手である。
そうなってくると、当然彰人の行使する〝聖光力〟が必要になる。
それ以外の術では、あれを相手にするには力不足であった。
それなのに頼みの綱の〝聖光力〟が回復する兆しも無く、希望も経たれてしまった。
「ねぇ、彰人君。やっぱり、テニって人に何とかそれを伝えられれば良いんじゃないかな?」
「いや、それは散々やっただろ。おまけに俺の体には異変が生じてるし……な……」
「異変?」
(しまった。言うの忘れてた――――)
菜穂がその言葉に反応してしまった。
彰人は、今自分の行使する異世界の力が回復しないと言う事しか伝えていなかった。
しかし今、彰人に起きている異変はそれだけでは無い。
記憶が戻り、再度時間に足を踏み入れたようである事は、まだ菜穂には言ってない事であり、魔術師専門とは言え、異端審問組織の一派である菜穂にどんな反応をされるかは未知の領域であった。
が、それをあっさりと綾香が話してしまった。
「彰人君、記憶とか色々戻ってるそうなんですっ」
「あー、うん、もー、いいわ。そう言う事だ。俺今、色々体がおかしくなってると言うか、元に戻って来てると言うか。力戻らないわ、記憶戻るわ、この世界にゃ俺の平行世界の存在が居るわ、俺の案内人と連絡が取れないわとな、まぁ、もう色々だ」
何故だろうか。と言うか、綾香の存在のお陰なのだろうが、自分の事を話す事に躊躇いが無くなってしまった彰人は、真っ正直に全部菜穂に説明した。
「……それって、私達のある種の所だと格好の的ねぇ。私で良かったわね、あなた」
「だなぁ……」
「あ、あれ? 彰人君、また言っちゃまずかったかな?」
「……いや、もう構わんわ。うん、綾香の言う通りだ……。緑さんで良かったわ……」
どうやら、菜穂は本当に標的は魔術師だけであり、彰人は対象で無い事が分かった瞬間でもあった。
これで、彰人が魔術を扱っているならば、格好の標的となったであろうが……。
「はぁ。一応、私も調べてみるけれど、期待はしないでね。特に知られるとまずい存在も居る訳なのだから」
「ああ、もし知られたら、そんときゃ諦めるわぁ……」
「あ、諦めるって、彰人君っ!」
「まぁ、私はそちらの人間とはあまり繋がりは無いけれど。だから知らないだけかもしれないけれどね。けれど困るわね。前のような事が起きると、私達だけでは対処が出来ないわ。あんな常人離れした存在が野放しになったら、今度こそ貴方を狩る存在が現れるわよ」
「あー、やっぱそんな存在も居るんだなぁ。あんま思い出したくねぇ」
彰人が遠い目をして思い出す事。
それは、常人離れした存在に、異端者であると追い掛け回された日の事である。
その時は、相手を倒そうと思えばそう出来たが、その頃はまだ、当初の志をちゃんと持っていた頃であった。
だから、排除するのは異物だけであり、そこに住まう住人には手を出さないと誓っていた。
しかし、時を経て、そんな事が繰り返され、いつの間にかそんな者達が疎ましい存在になりかけていた。
ともすれば、異物と一緒に排除してしまおうかとも考えたほどであった。
それだけの力が彰人にはあった。
しかし、今はそれは無い。
それに逃げ回る事さえも困難である状況である。
そんな状態では、逆に消されかねない。
本来ならば、そうなってしまっても、時を経て彰人の体は〝白夜世界〟で復活する。
だが、それはその世界の異物を排除出来なかった事となり、その世界は異物により壊滅される。
十中八九とまではいかないが、そうなる事がほとんどであると聞いていた。
そして、そうなった場合は、それだけでは済まなくなる。
異物により均衡が崩れた世界は、その世界の力と共に、他の世界へ影響を及ぼす。
腐ったリンゴ、と言う表現があるが、正にその状態であり、近しい世界からその影響で、どんどんと崩壊していっていしまう。
当然、そこに住まう生命体も無事ではいられない。
ある世界はそれにより完全に消滅する。
ある世界はそれにより時を失う。
ある世界はそれにより固有と言う物が無くなる。
様々な影響が発生するが、少なくとも元の世界の状態では無くなるのである。
それはまるでウィルスのようでもあり、どのような影響が起きるかは、様々であった。
だが、ほとんどが良くないと思わしき状態になる事は、テニから聞いていた。
彰人が異物を排除する事を行っていた理由も、そこにあり、かつて世話になった世界に影響を及ぼす可能性がある事が、彰人が異物を排除する原動力となっていた。
しかし、今の状態では、〝白夜世界〟に戻れるのかどうかも怪しい。
そして、何よりこの世界をそんな状態にしたくない。
それは、例えそこに住まう一人の女性の為であっても。
それは、今の彰人にはまだはっきりと自覚していない事であった。
「あぁ~。あの野郎め。何があったかは知らんが、ここまで連絡を遣さねぇのは限度を超えてるぞ。せめて〝アレ〟を準備してくるべきだった……」
「アレ? 何の事?」
「あー、綾香にも話してなかったなぁ。俺の唯一の所有物だ。って言っても、世界に影響を及ぼす可能性があるから、おいそれと持ってこれる物でも無いんだけどな」
「それは、何なの?」
「まぁ、武器みたいな物だ。けどそれは俺しか使えない。それがあれば異物の排除は楽なんだが、ちょいと特殊な物なんでな。普段は使わない」
「それは、今の貴方で持ってくる事は出来ないのかしら?」
「無理だ。俺のいた〝白夜世界〟に保管してあるから、そこに戻らんと持って来れない。けど、それと繋がるゲートを展開出来るのはテニだけだしなぁ」
「テニ?」
「あっ、光りの玉さん、なんだよね?」
「そ。俺の案内役な。無愛想なやつだが悪いやつじゃない。けど、ここまで連絡が取れないのは俺も初めてだ」
「分かったわ。なら私は私の出来る範囲で調べてみるから。『鴉』の事はどうするつもり?」
「一応、これまで通り綾香と一緒するつもりだ。ただ、前みたいに術をばんばん使う事は無理だ……」
「じゃあ、小林君に伝えといてくれるかしら。私、今日は私用で部活休むって」
どうやら、菜穂は今日は部活を休み、彰人の力の源の事を調べてくれるようであった。
思い切って相談してみたが、根本的な解決策は結局見つからなかった。
しかし、菜穂が彰人を狙う者では無い事や、彰人の事を少なからずサポートしてくれるのは収穫と言えばそうであった。
(別に黙ってる必要無かったんだなぁ……)
彰人の予想通り菜穂が異端審問の人間であった事、しかし異端のはずの彰人は菜穂にとっては対象で無い事、事態は変わらないが、今一度彰人は、自身の考えの浅さに気が付かされたのであった。
しかし、思わぬ所から事態は急変する事を、まだ三人は知らなかった。




