第四十四話
次の日、彰人は学校を休んだ。
と言うより、あれから彰人は一度も起きなかったのだった。
綾香は出来る限り彰人の看病をしていた。
そして綾香は彰人がこのまま目を覚まさないのではないかと、心配になり始めていた。
母、沙智子に学校に行くように言われたが、気が気でなかった。
学校に赴いたが、未だ起きない彰人の事が心配でならなかった。
学校に着き、自分の席に行き、そこから見えるグラウンド視ると、綺麗にそこは戻っていた事に気が付く。
(緑先輩、どうやってあれ、直したんだろ……)
そちらも気になったが、今は彰人の方が気になっていた。
そして昼休みの時間に、隣の席の上崎絵理に彰人の事を聞かれた。
「ねぇ、綾ちゃん。黒川君どうしたの?」
「……うん。ちょっと、寝込んじゃってるの……」
「そうなの? 風邪?」
「……うん。そんな感じなんだけれど…………」
「綾ちゃん、黒川君が心配?」
「うん。すごく……心配……」
それを聞いて、絵理はなにやら悶えた顔をして直球で聞いてきた。
「綾ちゃんっ! 白状しちゃいなよっ! 黒川君とどこまで行ったのっ!? A? B? Cは早すぎるわ~~っ! でも良いっ! 私が許すっ!」
「え、えっちゃんっ! そ、それは、えーっと。どこまでも行ってないけどっ」
「ふ~~ん。いってないけどぉ? ねぇねぇっ。綾ちゃん、黒川君の事が、好きなんだよねっ」
「ええっ!? え、えっちゃんっ! そそそそ、それはっ!」
「それはぁ~~?」
どうだろうか、と綾香は考える。
いや、考えるまでも無かった。
この気持ちは、それは、もう、さほどの違いは無いかもしれない。
(……私は、彰人君の事……)
そう考え、自覚していく綾香。
そして、自覚すればするほど、顔が赤くなっていった。
「うぅー。そ、それは、そうかも、だけど……」
「きたぁぁあああ~~! 綾ちゃんに春がっ! 流石、綾ちゃんっ! 羨ましいわ~~っ」
そう言われ、綾香もはっきりと自覚してしまった。
綾香は、彰人を特別な存在として扱っている。
それは、人が異性を好きになる事と同じ。
多少特殊ではある物の、気持ち自体は変わりが無い。
照れはあるが、もう間違いなかった。
「はうっ! あぅううう~~。なんでぇ~~?」
「良いじゃん、良いじゃん。綾ちゃんに春訪れるっ! 良いことじゃん。しかも、一つ屋根の下っ」
「はぅう~~。そんな、事、言われてもぉ~~」
そして、絵理にがしっと腕を掴まれ、近くでこっそり言われる。
「綾ちゃんっ! 今っ、黒川君は病床っ! しっかりと看病してっ! んで、治った所を見計らってっ! 後はっ! 色仕掛けして押し倒せばっ! あっと言う間にCへ直行っ! やっちゃえ、綾ちゃんっ!」
「ちちち、ちょっ! えっちゃんっ! ちちち、違うっ! そそ、それなんか違うよっ!」
「いいからぁっ! やっちゃえっ、綾ちゃんっ! そこまで行けばこっちのものっ! ふっは~~っ! んで、後で聞かせてっ! どう痛かったとかっ! どう気持ち良かったとかっ!」
「ははは、早過ぎるっ! それなんか違うっ! それからそう言う事は言いたくないよっ! いくらえっちゃんでも、そそそ、それは言えないっ!」
しかし、絵理は更に怖い目で言ってくる。
「大丈夫っ! 済んでしまえばっ! 結構言えるもんだからっ! だから教えてっ!」
「だだ、だからっ! そんな事しないしっ! まだそんな関係じゃないしっ!」
「す、済んでしまえばっ! その後分かるはずだからっ! まず押し倒しちゃえっ!」
「ちちち、違うっ! なんか違うっ! それ違うっ! 順番が違うっ!」
そんな押し問答をしていた二人。
午後の鐘が鳴ってしまった。
「じ、じゃあっ! 終わったら聞かせてねっ!」
「えっちゃんっ!」
その押し問答のせいで、綾香は午後の授業が、あまり耳に入らなかった。
(は、はうぅう~~! な、なんでぇ~~? どうしてぇ~~?)
彰人が心配の気持ち。
そして、今、自覚してしまった彰人への想い。
しかし、周りへの気恥ずかしさ。
それらが入り混じり、綾香は複雑な気持ちになってしまっていた。
●●●
授業が終わり、放課後――。
普段なら弓道部へ向かうのだが、彰人が心配であった綾香は、「知人が病気なのでそのお見舞いの為に休む」と話をして部活を休んだ。
そして、菜穂の事を聞いたが、菜穂もまた今日は珍しく学校を休みだと言う。
(多分、あのグラウンドを元に戻すのに、時間が掛かっちゃったんだろうなぁ……)
おそらくは、深夜中、いや、もしかすると徹夜をして、あのグラウンドを元に戻したのかもしれない。
どうやって元に戻したのかは分からないが、おそらくその為だろうと綾香は考えた。
そして綾香はいつもより少し急ぎつつ自宅へ帰っていった。
実際は知人のお見舞い、と言うには少し違う。
自宅に居る彰人の看病の為である。
母、沙智子もおそらく通常通り、仕事へ向かっているはず。
ならば、今は彰人は家で一人のはずだった。
(もう、起きてるかな? お昼ご飯どうしたのかな?)
昼に絵理に言われた事はさておき、綾香は今はとにかく彰人の容態が心配だった。
早歩きで家に戻り、すぐに彰人の居る客室へ向かった。
そして綾香は彰人が居る客間のドアをノックをするが、部屋の中からの返事は無かった。
「あ、彰人君。起きてる?」
ドア越しに声を掛けつつ、もう一度ノックをするが返事は無い。
綾香は、ゆっくりとドアを開けた。
客間の鍵は閉まっていなかった。
そして彰人は、未だ眠っていた。
(……良かったぁ。ちゃんと居てくれた……)
綾香は、彰人は来た時と同じように、いつの間にか居なくなってしまうのでは無いかと、少々危惧していたのだった。
ベッドに近づくと、彰人は未だ眠り続けていた。
少し、寝汗をかいているのようである。
顔も少し赤い。
時折、苦悶のような呻き声も聞こえていた。
「……あっ。た、タオルっ!」
綾香は、すぐに濡れタオルと桶を持ってきた。
そして、眠り続ける彰人の顔を少し拭いて、桶の水で洗ったタオルを、額付近にそっと置く。
「…………ぐっ…………」
「あ、彰人くん……」
やはり魘されているようである。
どんな夢を見ているのか綾香には想像がつかない。
いや、聞いた限りでは、彰人には記憶媒体は、別の世界にあると言う。
ならば、夢と言うより、それを見ているのかもしれない。
彼は望まないまま異世界へ飛ばされ、記憶を無くし、世界を守りたいと言い、異端の存在になったと聞いている。
(彰人君は、きっと、この街くらいなら簡単に異物ごと消す事が出来た……。けれどそれはしなかった。昨日、思い出したって言った。でも、それ以前でも、きっとそんな事はしなかった。それは、きっと彰人君が、優しいから……凄く、強い力を持ってても、皆を、守る為に……こんなになっても、沢山頑張って……私、私は……)
綾香は、魘され続ける彰人を、そのまま看病し続けたのだった。
●●●
――異物を消す。
――そして、白夜世界へ戻る。
――長期で睡眠を取る。
――そして、また異物を消す。
彰人は、その頃の記憶をトレースしていた。
彰人の記憶は、別世界で保存されている。
それは、異端の物達が、時間と言うものに弾かれた物が多い為の処置であった。
古参の異端者であると、世界が始まり、そして、終わりを告げ、再度世界が始まる。
それを、何度も経験していると言う。
人の、数値では表せない程の膨大な時間。
数値で言うなら、無限大に等しいとも言える年月。
そんな超長期間を過している異端者も居るらしい。
そうなると、本来の肉体では記憶が出来なくなる。
本来の脳の容量を超えてしまうからであった。
その為、彼らの記憶を保管する場所が、白夜世界に設けられていた。
そして、彰人もまた、その異端者になった。
それは、異世界へ飛ばされ、その異世界で色々と事件があった後、その事件の原因が異物であったからであった。
自分は、元々異世界から飛ばされた。
ならば、その世界を守る為にその役を買って出るのは、自分が適任だと感じた。
飛ばされた異世界で、彰人は周りの者達のお陰で、その異物が出現するまでは平穏に暮らせていた。
それをぶち壊した異物。
それが許せなかった。
誰とも分からず、それでも記憶が無い彰人を育ててくれた、異種族の者達。
その異物と立ち向かう為に、出会った人々。
そんな生活をくれた、その世界。
それを守りたかった。
だから、彰人は自身から異端者に志願した。
その異物を、色々あった末になんとか排除し、そして彰人はその世界を去った。
その世界を去る事は、異端者になる際に条件として言われた事であった。
だが、それでも良かった。
それだけで、その世界を、その出会った者達を守れるのならと。
そしてその世界は、守る事が出来た。
だがその後、他の世界の異物を排除する仕事を言い渡された。
それは良い。
放っておいては、その世界のみならず、或いは世話になった異世界、或いは、自身の出生地である世界が巻き込まれる可能性があるのだから。
だから、彰人はそれ以来、異物の排除をし続けた。
異世界からの異物を消す。
そして、白夜世界へ戻る。
異物を排除する。
自分の世界へ戻る。
異物を消す。
戻る。
それを何度繰り返しただろうか。
これまで、異物の排除は、早ければ数分。
遅くても三日程度で終わらせていた。
だから、力が無くなる等と言った事はほとんど無かった。
一度だけ、全ての力を放出した事もあったが、それは異物を排除した後の事である。
まだ、異端者になって二十年程である彰人は、自分をまだひよっこであると自覚していた。
それなのに、もう、当初の目的を忘れていた。
世界を守りたい。
それこそが、本来の自分の存在理由。
それこそが、自分が異端者になった理由。
――――だが、今回は、まだ終わっていない!
そう考えて、彰人は飛び起きた。
「――まだっ! っくぅ! …………ありゃ?」
辺りを見回す。
上半身だけ飛び起きたようであった。
ベッドの上。
部屋には誰も居ない。
今、夜のようだった。
「……ああ、そうだった」
彰人は昔の事、そしてこれまでの事を、思い出していた。
時折、こうして、本来ならば白夜世界に存在する彰人の記憶が、強制的に戻される事がある。
それは、今、必要な記憶が無いか、何か情報が無いかを、探させる為の処置であった。
異端者の経歴が長い者であると、いつの、どこの記憶なのか思い出せない。
その為必要な記憶のみ、その世界に持って行く。
だが、場合によっては、他の記憶が必要な時もある。
それが故、その記憶媒体からそれらをトレースする処置が施されていた。
しかし、異端者としては日の浅い彰人は全ての経歴を纏めても、六十年ほどしか無い。
本来の肉体レベルでも、普通に思い出せる範疇に彰人はまだ居たのであった。
「……あー。なんか変だな。なんで全部の記憶をトレースしやがったんだ?」
本来なら、案内役がその必要そうな記憶を、トレースさせる。
彰人の場合は、テニである。
しかし、世界の始まりから終わりを何度もループしている異端者等は、全ての記憶をトレースする事は、まず無理である。
それなのに彰人は今、これまでの全ての記憶をトレース、つまりは追体験させられていた。
「長い夢見てた感じだな。……あいつら元気にしてるかな」
それは、異世界で出会った者達。
異種族、或いはこの世界では、モンスター。
だが、その世界は、それらの異種族同士は割と平穏に過していた。
彰人が思い出していたのは、その者達の事であった。
「ま、あいつらの事だから、今頃平穏に暮らしてるか。…………んで、ん? こんな時間かよ」
部屋の時計を見る。
もう、夜の十時過ぎであった。
「えーっと、昨日なのか? 帰ってきてから、この時間くらいで、んで、一日中寝てたって事か?」
そして、ぼーっとしつつ思い出してくる。
確か、力を使いすぎて、”聖光体増”を行使しすぎて、倒れるように寝てしまっていた。
「あー、力は……ほとんど無いじゃねぇか」
体は、問題ないようである。
だが、”聖光力”は、ほぼ無い。
他の力もあまり無いが、そちらは多少回復して来ている。
彰人が自分の力の確認をしていた所に、ドアがノックされ、開けられた。
「……あ、あっ! あ、あ……」
「ん? おう、綾香。おはようさん」
「あっ、あ……あぅ、あうぅ~」
なにやら、綾香の様子が変である。
そして、綾香が叫びつつこちらに飛んできた。
「あ、彰人君っ! あうっ! はうっ~~! やっと起きたっ! うぅ~っ」
「ん? お、おう、すまん。一日中寝てたっぽいな」
「ふえっ……えぐっ……もう、起きないかとっ……うっ」
綾香は泣いていた。
それは心配と、彰人が起きた事の、喜びの涙であった。
「あ、ああ。すまんすまん。一日中寝てただけだろ」
「うぅ~っ、ふぐっ……三日……」
「…………は?」
「うっ……三日だよっ! 彰人君っ! 三日三晩、ずっと寝てたんだよっ!」
「は? まじ、か?」
彰人は、三日、ずっと眠りっぱなしであったのであった。




